白き世界にて集う
【スノウフ国近郊】
「…………」
彼の者は其所に居た。
白銀の世界に溶けるが如き体毛を持つ、その者。
彼が見るのは世界。己が滅ぼすであろう、世界。
嘗ては四天災者という名を持ち、断罪者であった自分がーーー……。
滅ぼすべき、世界。
「……フェベッツェ様」
巨大な、黒曜石で組まれた慰霊碑。
そこに刻まれるのは歴戦の英雄達。彼等の墓地たるこの場所にてその名を後世に残すが為に。
或いは、罪から救われる為に。
「此所に居たんですか、ダーテンさん」
「……貴方は」
彼の背後に立つのは、白き世界に叛すような漆黒の鎧。
溢れ出る黒煙の尾を引き摺りながら、彼は雪地に甲冑の足跡を刻む。
ただ、表情一つ浮かべるはずもない、漆黒の兜を揺らしながら。
「デュー・ラハン、でしたね」
「えぇ、貴方を呼んでくるように言われまして。本当はラッカルさん辺りに来て貰おうかと思ったんですが、あの人はあの人で忙しそうでしたし……」
「……解りました。直ぐ行きましょう」
彼等はその慰霊碑に背を向け、歩き出す。
それと同時か、少し後か。
漆黒の甲冑に、ふと小さな雪粒が零れ落ちた。
緩やかな雨を追うが如く、雪粒は、深々と。
「おや、雪だ」
「……そうですね」
雪は兜に、或いはその体毛に積もることなく、雫と成り果てる。
やがて雫は彼等の溝を通り、音も無く、滴って。
「今、ツキガミ様の元にハリストスなる男が来ています。この男は[全属性掌握者]でしてね。貴方ならご存じでは?」
「……僕は一度だけ戦ったことがあります。とは言え、彼とはとても相性が良かったので余り苦戦はしませんでしたが」
「相性が良かった?」
「全属性掌握者……、あぁ、ハリストスという名前でしたか。彼は端的に言えば全ての魔法を使え、全ての魔術を使え、全ての魔法と魔術が効かない存在なのですよ」
「無敵じゃないですか」
「尤も、四天災者[魔創]メイアウス・サウズ・ベルフィゼリアはそれを捻伏せましたが」
「……はは、本当にベルルーク軍の戦乱に乗じて動いて良かったと思いますよ」
微かに、ダーテンの頬が歪む。
彼にとっても、いや、世界にとっても、ベルルークが起こした大戦で失った物は多すぎた。
例えそれが四国大戦に真の終止符を打ったのだとしても、余りに、多すぎた。
「僕は、それを取り戻す」
隣を歩くデューにさえ聞こえない声で、彼はそう呟く。
ダーテンがツキガミに協力するのは宗教心故だ。フェアリ教という、ツキガミを崇める宗教心故に。
然れどそれだけでは、いや、むしろそれは序ででしかない。
彼が持つ本来の目的は一つ。死者の蘇生。
嘗てスズカゼが望み成そうとした、輪廻を破壊する、禁忌。
「……例えこの身滅ぼそうとも」
お調子者の部下が居た。
風情の解る部下が居た。
自分を救ってくれた人が居た。
自分を讃えてくれた部下が居た、同じ獣人として仲良くなった部下が居た、一緒に食事をした部下が居た、天然で放っておけない部下が居た、振興部会生真面目な部下が居た、南国の海を見たいと言っていた部下が居た、旅行をするという部下が居た、娘の名前を考えて欲しいと言う部下が居た、母の助けにと聖堂騎士団に入団した部下が居た、友と一緒にと笑っていた部下が居た、ドラゴンの世話をよくしてくれる部下が居た。
皆が、居た。
「その為に、僕はーーー……」
刹那、彼等の前に白煙が吹き荒ぶ。
降雪だけではない、その最中に何かが降り立ったのだ。
巨大な、自身達の数十倍はあろうかというほどに巨大な存在。
ダーテンとデューは微動だにすることもなくその積雪を前にして立ち止まる。
ただ敵意は見せない。その最中に居るのが誰かを知っているから。
「ダリオ、いつも言ってるけど……。無茶はやめてね?」
「あっはっは! 道化師を引っ張ってきたんだけど何か動かなくなっちゃってさぁ!!」
「ユキバさんに殺されても知らないよ……」
[冥霊]ダリオ・タンター。
サラに変化し、サウズ王国に潜入し続けた女性。皆を、驕り続けた人物。
彼女の扱う魔法は変装と言うよりは最早変質であり、その姿形だけでなく体臭や癖までも真似る究極の擬態化魔法だ。
故に今の姿も、巨大な竜に等しき今の姿も、必然、竜が持つ強大な力を有していると言える。
「あ、これ道化師ね。何か運んでくれないかって言うから……」
そんな強大な力を持つ竜の牙から零れ落ちる一人の男。
彼は意識が無かったのか、落ちる際に受け身の一つも取れずにぼすりと地面へ直撃した。
その衝撃が運良く気付けになったらしく、のそりと起き上がる姿は何処か不気味であったのだが。
「……オロチから、招集が掛かった」
「今から行く所でしたのに」
「そうか……」
道化師はそう言ったきり口を噤み、それ以上を喋ろうとはしなかった。
人の身に戻りゆくダリオは詰まらない男ね、と大きく息を吐いてみせる。
これならまだデイジーやゼル・デビットの方が面白かったわ、と。
「そう言えば南国の時なんかもー可っ笑しくて! 私の擬態化に気付かず争ってんの!」
「後にしてよ、君は話し始めると長いんだ」
彼等は歩き出す。白銀の世界の中で。
この世を滅ぼすべく集う者達が、その一端が。
ただ、己の望む物が為に、歩く。
読んでいただきありがとうございました
 




