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獣人の姫  作者: MTL2
虚ろなる世
682/876

立って、奔る


【大監獄】

《最下層・通路》


「…………」


純白の刃を振り払い、彼女は漆黒を斬り裂いた。

その場に居る者達が、最早絶命寸前のデモンでさえも。

その美麗さを前に、ただ、口端を結ぶのみ。


「……師匠、いえ、ユキバさん」


焔の雨は降り注ぎ、純白の頭髪に紅色を照らす。

然れどその髪に紅が戻ることはない。衣に、刃に、戻ることはない。

ただ純白だけが、白銀だけが、その身に刻まれて。


「……何だよ? スズカゼ」


「デモンさんを連れて帰って下さい。今は、もう刃を振るいたくない」


「俺が今コイツを連れて帰れば治療できるぞ」


「そうしても良いから、帰ってくれませんか」


直感。

それ以上の言及は死を意味する、と。

彼女に最も与えてはいけない物を、与えてしまったのだ、と。

嘗ての三年間で、自分達は彼女に死を与えてしまった。

故に彼女は死の神となった。死神と、なった。


「……この先は茨で、修羅の道だ。それでも進むのかよ? [災禍の姫]」


「私は、[災禍の姫]じゃない。私は[獣人の姫]だ。サウズ王国第三街領主にして伯爵、[獣人の姫]だ」


「未だ過去に縋るつもりか」


「縋る? いいえ、取り戻すんですよ。これからを」


気付けば、彼は嗤っていた。

ユキバではない。スズカゼでもない。

デモン・アグルス。残り数分程度であろう風前の灯火でありながらも。

彼はその最高の女を前に、嗤っていた。


「……俺は戻ってくるぞ、スズカゼ・クレハ。テメェと殺し合う為にだ」


「何度でも捻伏せます。何度でも、何度でも」


最早、抑え切れていない。

半身が乖離し、否、己の筋肉繊維のみで体を癒着させているだけの男が。

溢れ出る狂気を、溢れ出る歓喜を、溢れ出る悦嬉を。

その顔面を歪ませるほどに、抑えて切れていないのだ。


「……余り興奮するなよ、デモン。今でも気ィ抜いたら体が割れるだろ」


「帰るぞ、ユキバ。コイツと戦うのはもう少し後に取っておく」


「聞いちゃいねぇよ……」


どろどろと吹き出す黒紅。

それを尾のように引き摺りながら、彼は歩き去って行く。

ユキバもまた、デモンの背を追うように瓦礫を踏み越えていった。

漆黒の暗闇へ、消え失せるが如く。


「……さて」


彼女は周囲を見渡し、それを見つけ出した。

幾多の瓦礫の中に埋まる、彼女達。三つの光。


「無事ですか? 皆さん」


彼女の華奢な腕が自身の数十倍はあろうかという瓦礫を放り投げ、彼女達を発掘した。

地面に上半身が埋まって脚だけが出た、その三人組。

嘗て幾度かで会い、シンと同じく彼女を救おうとした、三人組。


「生きてますか?」


「……うっせー。お前こそ生きてんのかよ、シシッ」


「えぇ、私は」


彼女達を引き上げながら、スズカゼは微笑んだ。

いつしか無くしてしまった笑顔を、その頬に浮かべて。

彼が、たった一人の男が自分に与えてくれた、光のように。


「生きてます」


始めに飛びついたのはシャムシャムだった。

瞳に大粒の涙を浮かべて、彼女の名を呼びながら。

次にココノアが飛びついて、それに巻き込まれるようにムーも押し倒されて。

スズカゼはただ彼女達の泣き笑いに連られるように、その瞳から涙を流して、大きく、笑って。


「まだあの小娘を殺そうとするか? 三武陣(トライアーツ)よ」


「……魔老爵(アジェロン)、ヴォーサゴ・ソームン」


老父は瓦礫の上を杖で超え、クロセールの隣へ歩んでいく。

琥珀の瞳がその姿を捕らえることはない。捕らえられるほどの、余裕がない。

眼前の女は敵だ。奴を殺さなければ世界が滅ぶ。

解っている、解っているはずだ、解っているはずなのに。


「ヴォーサゴ殿よ、貴方に頼みがある。聡明者にして人生の先達である貴方にこそ……、頼みたい」


「……何じゃ、若造」


「スズカゼ・クレハを殺さなくて良い言い訳を、考えては貰えないだろうか」


「理屈で動く人間というのは、どうしようもない物だのう」


渇いた笑いは零しながら、老父は顎先の髭を撫で伸ばす。

クロセールならば己に負けず劣らずの知能があろう。然れど、今は回せまい。

今だけは、どうしようもなく、この男も。


「……本来、貴様が殺そうとしていたのは器であるあの小娘だ。だが、今の小娘には神が宿った。ハリストスが創り出した[賢者の石]は奴の存在を一つ引き上げたのだ。即ち」


「神となった、ですか」


「その通り。貴様が殺そうとした器はもう居らぬ。居るのは、神が一人のみよ」


「……ならば、殺せませんな」


「嗚呼、殺せぬな」


ヴォーサゴが合図すると共に、スーは治療道具を懐から取り出して皆の手当を開始した。

いまいち納得出来てないチェキーも仕方無く彼女に協力し始める。

彼女達は、いや、スズカゼ・クレハは光を得た。

具体的な何かを得たわけではない。或いは失いすらしただろう。

然れど彼女はもう転ぶことはない。彼が、シンが託してくれた剣があるから。

信念が、想いがあるから。ただその身に宿るのが決意のみだとしても。

彼女が折れることは最早、決してありはしないだろう。

故に奔る。その先へ、ただ神たり得る少女は。

止まる事無く、奔り続けるのだ。



読んでいただきありがとうございました

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