純白にして死を司り
「どォオオオオオオオしたァアアアアアアアアッッ!!」
嗤叫が轟き、豪腕が振るわれる。
[暴食]デモン・アグルス。彼はクロセールの氷壁を砕き、スーの樹木を踏壊し、チェキーの弾丸を弾き、ヴォーサゴの精神拘束を振り切って。
その男は幾多の攻撃や妨害を前にしても、未だ止まらない。
破砕一撃でさえ、止められない。
「ッ……!」
「その程度か、あァ!? 四人集まっても俺を倒せねェのかァッッ!!」
豪腕が、チェキーへと襲い掛かる。
防御は無意味。回避は赦されない。
彼女は刹那にして死を覚悟するよりも前に憤怒を叫ぶ。
然れど、その一撃が止まることはない。憤怒などで、止まりはしない。
彼女の眉間は砕け、脳漿と鮮血が周囲に撒き散らされた、かに思えた。
「…………」
一撃を止めたのはクロセールでもヴォーサゴでもスーでもない。
スズカゼ・クレハ。[災禍の姫]と呼ばれし者。
一本の剣を、魔剣をその手に持った、一人の女。
「シンは……、どうした?」
「私に、光を」
「……そうかよ」
豪腕は、今まで半分程度の力しか出して居なかった豪腕は。
全力で、正真正銘の渾身をその華奢な女性に叩き込む。
破砕などと言う生温い次元ではない。最早、それは崩壊。
一撃は幾多の層を貫き天上の塔までスズカゼを跳ね飛ばす。
「ッ……!」
落ちる瓦礫と白煙の中、最早誰一人として言葉は発せられなかった。
スーも、チェキーも、クロセールも、ヴォーサゴでさえ。
その男が今まで本気ではなかったという事実を前にして。
その男が正真正銘の本気で放った一撃を受けて跳ね飛んだ女を前にして。
ーーー……天より地に降り立ち、デモンに一閃を放った女を前にして。
「一文字・景斬」
彼の技。
己を立ち上がらせ、救った男の技。
残影をも空に刻むが如き閃光の斬撃。
それはデモンの腹部を裂き、彼の臓腑を鮮血の元に散らす。
「立ったなら」
己の臓腑をその掌で覆い尽くし。
彼は、嗤い。いいや、最早それは嗤いでも歓喜でもない。
全てを待ちかねた、真の闘争への祝福。
ただそれだけしか知らぬ獣の、純粋なる拍手。
「次は薙ぎ倒して魅せろォッッッッッッッッッ!!」
轟穿、一渾。
スズカゼの眉間に拳撃が撃ち込まれ、大地を叩き潰したかのような空砲音が轟き貫く。
違いなく、嗚呼、それは決して違うことなく、彼女の眉間を貫いた。
脳漿が飛散し、骨肉が消し飛び、眼球は弾け飛ぶ。
何人をも反応できず、叫ぶ事さえ叶わず。
彼女は、スズカゼ・クレハは刹那にしてその命をーーー……。
「再構成が始まりますよ」
現れたのは褐色の少年と、しぃと息を吐き出す男。
彼等は瓦礫の山にいつの間にか、音も気配も存在させず、立っていた。
「獣と魔、神の器。賢者の石を得たそいつは一度死ぬ」
「器としての肉体から元の魂を抜け出させて、ただ一人の願った光の下に」
彼女は再臨するーーー……、と。
その言葉を具現化するが如く、彼女は衣に覆われた。
一年前、その身を守り続け、彼女との境界を刻み続けた紅蓮の衣。
神焔の、衣。
「生誕せよ、神……!!」
一閃、奔る。
最初に気付いたのはデモンだった。
続いてクロセールとヴォーサゴ、ユキバとハリストス、スーとチェキー。
皆が気付いた頃には、もう。
デモンの肉体には、十文字が刻まれていた。
「……あ?」
流血はない。
一閃が、己の肩先から指先を斬り裂いて、ーーー……否。
天から地を、ただ景色に一閃を刻むように。
それは、あった。
「くはっ……」
嗤い、見る。
傷口が焼け焦げ、肉はその断面を漆黒に染めていた。
眼光を向ければ、スズカゼが持つ剣は紅蓮の輝きを纏っている。
魔剣はユキバが造り、シンに与えた一振りの刃だ。それは残骸を元に造られた物であり、属性を孕むはずはーーー……。
「……残骸は五神が一人、炎神の物だった」
瞳を見開いたユキバは、驚愕ではなく歓喜に見開いたその者は。
嗤い、嗤い、嗤い。
悦楽にその身を溶かすが如く、嗤い。
「全て知っていたか、ハリストス……?」
「えぇ、全てを」
彼女の剣は、紅から無へ。
色を失い、褪せ、消えて。
彼女の眼髪さえも白く、白く、白く。
それら全てに添うが如く、全てが、白く。
「然れどこの先だけは……、知りません」
デモンの豪腕が彼女の顔面へ向けられる。
だが、獣の牙は容易く折られ、切り裂かれ、飛び散って。
咆吼が轟く間さえ無かった。彼が苦悶に表情を染める隙さえも。
「…………」
燃え果てる腕を背に、彼女は歩む。
いや、最早彼女なのかどうかさえ解らない。
その身を純白に変貌させた彼女が、未だスズカゼ・クレハかどうかなど。
「そこまでです」
ぱちん。
指先で音を弾けさせ、ハリストスは全ての世界を停止させた。
時間という概念の停止。彼以外の全ては、時空から自由を奪われる。
虚空にして停止の世界を歩み、彼はスズカゼ・クレハの前へと歩んでいった。
「素晴らしい……、僕の予想通りです。貴方は異世界という変換を通して人の身でありながら器となり、賢者の石という媒介を得て人の身でありながら神となった。嘗てツキガミが世界を埋め尽くした魂の為に死を創ったように、私は一人の神を産みだした」
そうして、貴方は世界に死を刻む。
この美しき世界に有終の美を飾る。儚き散り際こそ美しく、尊い。
故に貴女という存在がある。全ての最中で望み、生み出した存在。
この地下深き世界で燻っていた自分の一つ目のーーー……。
「いい加減」
全ては。
「調子に」
止まっている。
「乗ってんじゃ」
はずだった。
「ねぇぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!」
ハリストスの顎が跳ね上がり、その身は幾多の階層を貫いて天へと跳ね飛んだ。
先のデモンによる一撃など比ではなく、それこそ太陽を貫かんがばかりの衝撃で。
幾多の爆薬が詰められた塔さえ超えて、否、その起爆と成り果てて爆風にその身を焼き尽くされて。
その者は、ただ、天果へと。
「神が何だ! 人が何だ! 想いが何だ! 罪が何だ!! 知ったことか知ったことか知ったことか!!」
彼女の瞳なら流れていたのは紅の涙。
最早、色を失ったその身に宿る、たった一つの、紅。
「もう私には何もない。護る物も救う物も導く物も、何も、無くなった」
だから、と。
全てが停止したその世界の中で、彼女は刃を構える。
純白にして無毀の刃を、天へ。
「テメェ等全員、首洗って待ってろ」
全てのツケは帰す。
最早、彼女にあるのは自己の意思のみ。
仲間を護るだとか誰かを救うだとか誰かを導くだとか、そんな物ではなくて。
ただ光が彼女に与えたのは使命ではなく、自己の意思。
スズカゼ・クレハという、意思のみ。
「……力と魔を手に入れましたか」
彼は虚空の中に落ちながら、彼女を瞳に映す。
剣を構え、極大の魔力を収束させる彼女を。
己に、照準を定めた彼女を。
「獣と人を手に入れた[災禍の姫]ーーー……、いえ、こう呼ぶべきですね」
白く、彼女のようにただ白く。
一撃は破砕した。天を、破砕した。
全てが停止したはずの全能者による世界は、砕け散ったのだ。
残詞が如く闇夜に滴るは、その者の残す言葉なり。
「獣人の姫……ッ!!」
ただ、その言葉だけが、虚空を裂いて、光の下に。
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