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獣人の姫  作者: MTL2
虚ろなる世
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契約の恩恵


《第五階層・通路》


「……やはり、か」


魔老爵(アジェロン)ヴォーサゴ・ソームン。

彼の精神魔法は現世界にて最高峰であり、極地的な物である。

大多数の人間を支配することは容易く、魔力抵抗を持つ者さえも精神操作が可能である。

故に、解る。眼前に立つ青年が何を考え、何を思い、何を成したのかを。

そして、たった今眼前に広がる光景の、狂気が。


「……通して貰うぞ」


シンは一度として、いや、正しくは一度だけ刃を振るった。

然れどスーとチェキーは掠り傷一つさえなく、またヴォーサゴも傷一つ負っていない。

彼は、シンは確かに刃を振るった。然れどそれは自分の意思ではなく、ヴォーサゴによる精神操作故に。

己の身へ、幾多の鋭尖の木根と白銀の刃を突き立てたその少年が、自身の臓腑を貫く刃を振るったのだ。


「俺は、この先へ行く」


ヴォーサゴが幾ら操作しようとも、その身にめり込んだ刃が抜ける事はない。

臓腑の中で暴れ狂うが故にシンが多量の鮮血を吐こうと、彼は死なず。

幾度も再生する骨肉が激痛に慣れさせず、傷を癒やすこともなく。


「……小僧、今一度言おう。貴様が進は修羅の道ぞ」


「自分の我が儘を貫き通す為なら、それぐらい幾らでも受け止めてやる」


魔剣が、彼の臓腑から引き抜かれる。

自身の意思と関係無く己に刃を突き立てていた腕は力無く垂れ、胸元の骨肉は次第に癒着していった。

シンは床面に滴る鮮血を踏みにじりながら、歩いて行く。最早、背後のヴォーサゴ達には目もくれずに。


「い、行かせるのか!? ヴォーサゴ!! あの男は!!」


「やめておけ、チェキー。どうせ永くはない」


シンの歩みは、酷くふらついた物だった。

一歩歩むごとに脚が歪み、その背は僅かに曲りっている。

傍目に見ても瀕死の、いや、最早それは歩く屍にすらーーー……。


「残骸は人の身で触れられる物ではない。元より奴は大して魔力を持ち得ておらぬ。そんな身で残骸により造られた魔剣など使えば……」


「削るのは己の生命、という事か」


「そうじゃな。あの再生もまた、魔剣に適応してきた身体とハリストスが与えたであろう結晶の効果じゃろう。己の命を、寿命を先借りして強制的に治癒させる……」


それは、正しく悪魔との契約であった。

己の寿命という対価により、力という恩恵を得る行為。

それを悪魔との契約と言わずして何と言おう。何と例えよう。

シンは二人の悪魔と契約を交わし、力を手に入れた、願いを手に入れた。

故に、もう彼が払える対価はない。今この時でさえもその身を蝕まれていると言うのに、どうして対価が払えようか。


「かっかっか。あの小僧も愚直よのう。己の好いた小娘が為に命まで擲つか」


「……しかし、ヴォーサゴ様」


「追うでない、スー。あの男に貴様は勝てぬが、足止めは出来よう。然れどハリストスが申したのは奴を諦めさせる事じゃ。儂等はそれが叶わなんだ。ならば静かに去ろうではないか」


「ま、待て! 私の取引はどうなる!? 司書長ライブラーを、嘗て聖死の司書スレイデス・ライブリアンを滅ぼした連中の話は!!」


「それならばその者に聞けば良かろう」


刹那、轟音と共に天上が崩れ去る。

幾多の瓦礫が彼女達を襲い、崩壊は周囲に白煙を撒き散らした。

スーは即座に樹木を展開、慌揺を見えないヴォーサゴと思わず眼前を覆ったチェキーを保護した、が。

その樹木の盾は落下してきた獣人の衝撃により、いとも容易く砕け散ることとなる。


「……貴様」


白煙の最中から垣間見える黄金の頭髪。

獣が如き嗤狂に満ちた牙が、チェキーの瞳に映る。

それが何者であるか、四年前に出会ったその男が何者であるか。

最早思考すら、必要ない。


「……デモン・アグルス」


「お? 誰かと思えば整理者リアラーマンじゃねぇか。いや、今は聖死の司書スレイデス・ライブリアンもねぇしチェキーって呼んだ方が良いか?」


「貴様は、死んだはずだ……」


「死んだ? ん、あぁ、あの時は[闇月]とやり合って負けたからなァ。その後は別に聖死の司書スレイデス・ライブリアンに用も無くなったし保持者メンテナマンと一緒に脱出したんだよ」


「待て、何故保持者メンテナマンの名前が出て来る? 貴様は、あの人と」


「気付いてなかったのか? 俺と保持者メンテナマン間諜スパイだよ」


デモンの首筋に突き立てられる白銀の刃。

然れど、鈍らが貫けるほど獣の肉盾は柔くない。

折れ飛ぶ刃に頬を斬られながらもチェキーは憤怒の眼光をデモンに向けていた。

この男が、司書長ライブラーを、聖死の司書スレイデス・ライブリアンを、壊した。

彼等を、聖死の司書スレイデス・ライブリアンの皆を、この男がーーー……。


「で、だ」


デモンの豪腕が振り抜かれ、破砕する。

チェキーの頭、ではない。彼女とは全く正反対の、氷塊をだ。


「防ぐ、か……!」


自身の片腕を押さえつつ、クロセールは口端を拭う。

落下の衝撃で折れたらしい。この状態でデモンと戦うのが余りに無謀であるという事は、彼とて言わずとも理解している。

だがしかし、この状況は、余りに。


「この場に居るのは全員俺の敵だよなァ……?」


引っ繰り返した盤面は、奇しくもその引っ繰り返した者の望む通り。

クロセール、ヴォーサゴ、チェキー、スー。彼等は決して目的を同じくしている訳ではない。

だが、彼等は皆意思を一つとした。せざるを得なかった。

この男を、デモン・アグルスをこの場で殺す、と。



読んでいただきありがとうございました

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