二人の打ち手
《第四階層・監視室》
「三武陣……」
ユキバは己の顎に手を添え歯元を軋ませていた。
何者かが来ることは予期していた。ハリストスが動き出したからには奴が動くだけの要因があるのだろう、と。
しかし、まさか連中が来るとは思っていなかった。オクス、クロセール、フー。
嘗て自分が弟子のような、と言うか顧客として身近に置いていた三人。
此所で彼等が邪魔者となるとは何と因果な事か。いや、或いは奇運とでも言うべきか。
「……まぁ」
大監獄周辺ではフーとデモンが、第一階層ではオクスと看守長が、第二階層では何と言ったか、確か超人団だか長銃団だかの連中とクロセールが戦っている。
フーとデモンでは勝負にならないだろう。確かにフーも風の魔術師としては常人より頭一つ二つ以上は抜けている。しかしそれ以上に[暴食]デモン・アグルスの異常なまでの闘争心と戦闘力とは比類にならない。
恐らく三武陣全員で掛かれば倒せたかも知れないがーーー……、それも所詮は推測だ。
だが、逆に第二階層ではオクスが勝つ。それは間違いない。
看守長も確かに凄まじい実力こそ持っているが所詮は看守。この大監獄に籠もっていた女と今まで幾多の戦場を駆けてきた女が戦えばどちらが勝つかなど言うまでもない。
それに自分の作った義手を装備しているし。最高傑作に入れても良いの義手を装備しているし。超自信作の義手を装備しているし!
「……で、問題は」
第二階層のクロセールだ。
正直、まさかこんな事になるとは思わなかった。
長銃団の連中なんざあの男に掛かれば一発だろう。それこそ魔力の端の端を一振りで勝負が付くはずだ。
だと言うのに現状はどうだ。爆破されるわ引き摺られるわで天手古舞いではないか。
あの男は賢い。此所に来たのもツキガミ率いる我々、組織の目的に気付いたからだろう。
それを考えれば奴とリドラ・ハードマンを接触させるべきではなかったがーーー……、自分の領域に到る者が居ると考えると中々楽しいのでそれは別に構わない。
今の問題点は奴があの獣人共と拮抗しているということだ。
奴は賢いが、それ故にあの馬鹿共相手では妙に困惑してしまう。
やはり馬鹿と賢者は相性が悪い。その馬鹿を上手く使う賢者が居れば、尚更。
「連中が拮抗する、となりゃ……」
残るは牢獄に放り込んだ、あの男。
奴ではスズカゼを解放出来ない。あの男はスズカゼを神格化しすぎている。
その結果は眼にした。この眼で確認した。
だが同時にーーー……、ハリストスが奴と接触した事も、解っていることだ。
「……チッ」
奴が絡むと面白くない。
この盤面を一番面白くするにはどうするか? 拮抗は面白いが、それも長く続けば[怠惰]になる。
ならばどうするか。この盤面を面白くするためには。
答えは一つ。引っ繰り返す。
「……くくっ」
ユキバの頬が歪む。
しぃ、と。歯の隙間から吐息が漏れ、彼の瞳が上弦の月が如く。
「しかし、その方法は楽しんでいる者からすれば拍子抜けであり、心底不快ですよ」
その彼の笑みを止めたのは、少年の言葉だった。
この盤面を創り出した張本人であり、ユキバが最も嫌う人物。
全属性掌握者にして全能者、ハリストス・イコン。
「貴方のことだ。上にある塔に偽装した爆薬全てを破裂させてこの辺り一帯を吹き飛ばすつもりでしょう?」
「……何で解った?」
「生憎とこの場所は気に入っていましてね。貴方が手を加えた辺りから妙に息苦しくなったのは知っていました」
「何でもお見通しだな、全能者」
「貴方は先をよく見ているがその後を見ようとしない。だから、所詮は全知者なんですよ」
ユキバの懐から漆黒が滑り、ハリストスの眉間に黒牙が突き付けられた。
それは師匠が手ずから改造した一丁の拳銃。発射と共に弾丸へ魔力が纏われ、如何なる装甲をも貫く一撃となる。
例え全能者ハリストスと言えど零距離にして装壁無視の弾丸を喰らえばその眉間に風穴が開くのは必須だろう。
「貴方は知っている」
然れど、少年に動揺の色は一縷としてない。
彼はただいつも通り、何処か慈悲のある微笑みを浮かべたまま。
ただ、その銃口に掌を添えて、下げる。
「これが私には無意味である、という事を」
刹那、その銃は消えた。
弾け飛んだ訳でも霧散した訳でもなく、消えたのだ。
元から存在していなかったかのように、何処かへ飛ばされたかのように。
ただ、消えた。
「大人しく我々は傍観者になりましょう、ユキバ・ソラ。この盤面は最早打ち手を必要としていない。動くのは駒、決めるのも駒ですよ」
「……だからテメェは嫌いなんだよ、全能者」
ユキバは姿勢を戻し、再びその眼を画面に映る映像へと向けた。
ハリストスもまた、彼と同じように画面のよく見える位置へと歩んでいく。
四つの眼が見るのは序曲。未だ本命は動かない。
この盤面が如何に動き、どちらが勝つのか。
否、或いはーーー……、全てが引っ繰り返されるのか。
それは打ち手であった二人さえ、知る由はない。
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