情報料は1200ルグ
「シーシャ国は大戦中に滅びた国ですネ」
夜遅く、月星が世界を照らす頃。
名も無き荒野の、小さな洞窟の中でジェイドとレンは休息を取っていた。
獣車を引く獣も草を毟り食い、近くの川から水を飲んで休息を取っている。
洞窟内に居る彼等はこれから行くシーシャ国について、行商の店主であるレンと情報を交換している状態だ。
「元はサウズ王国とベルルーク国との間にある独立国家として、かなり肩身の狭い思いをしてたみたいですヨ」
「両国の中間にあったにも関わらず国としての体勢を保っていたことは目覚ましい事であるとは思うがな」
「けれど、その結果が国力を疲弊しきっての盗賊や追い剥ぎによる滅国ですかラ。仕方ないと言えば仕方ないけど、何とも言えないですネ」
「……全くだな」
「シーシャ国は国民数は多く居たけれど……、滅国以来、散り散りになりましたから後の情報も入りませんでしたから、盗賊や追い剥ぎも仕留めきれませんでしたかラ」
「戦時中だったからな。仕方有るまい」
パチンッ、と焚き火の中の木々が跳ね、火の粉が散る。
レンはそこに枯れ木をくべて大きくため息をついた。
「そんな戦火の犠牲になった国に巣くって、その連中は何をするつもりなんですかネ?」
「俺が知る由もないだろう。精々、火事場泥棒でもするつもりではないのか」
「10年も前の場所ヲ?」
「……どうだかな」
ジェイドは大きくため息をつきながら、目元を深く抑えた。
やはり、今回の件は何処かおかしい。
10年も前に、いや、戦時中なのだからもっと前に滅んだ場所を漁るような火事場泥棒が居るだろうか?
そうでないとすれば、国跡を根城にしている、という事だろうか。
「見れば解ること……、か」
「何がでス?」
「いや、気にしなくて良い。……所でレン、貴様はどうするつもりだ?」
「あぁ、国までは行きませン。直前でベルルーク国へ進路を変更しますので、帰り際に迎えに行きますヨ」
「そうしてくれると有り難い。流石に貴様までは巻き込めないからな」
「ありがとうございまス。……そう言えばハドリーさんは元気ですカ?」
「ハドリー? あぁ、彼女なら事務仕事を全てやってくれている。非常に助かっているが……、彼女がどうかしたのか?」
「何か言われたりしてませン?」
「いや、何も」
「……奥手ですねェ」
彼女の言葉の意味が解らないと言ったようにジェイドは小首を傾げるが、レンは彼の様子を見て大きくため息をつくだけだった。
再び焚き火がパチンッと音を立てて火の粉を舞わせ、ジェイドが枯れ木を放り込む。
闇夜に相応しい静寂が彼等の元に訪れ、星の海を泳ぐ風の音色が焔を揺らす。
「そう言えば獣人の姫様達は何処ニ? 姿が見えませんけれド」
「貴様の運転が荒すぎて皆ダウンし、奥で休んでいる」
「だってジェイドさんがもう少し早くって言うかラ」
「そうだな。そのせいで獣車が最早空を飛んでいたがその通りだな」
「乗り物乗りとしての浪漫ですよネ」
「その内、事故るぞ。……それはそうと、最近の状勢はどうだ?」
「1200ルグになりまース!」
「……ちっ」
渋々、財布を取り出した彼は情報料として1200ルグをレンへ渡す。
彼女はそれを受け取るなり満面の笑みを浮かべて礼を述べた。
尤も、その礼を述べる口とは別に既に指先と視線は料金の計算へと移っていたのだが。
「確かに1200ルグ! 毎度、ありがとうございまース!」
「貴様……、昔からの知り合いでなければ叩き斬っているぞ」
「それをしないからジェイドさんはお得意様なんですヨー。さて、それで昨今の情勢でしたカ」
「西のベルルーク国と北のスノウフ国について頼む」
「はいはイ! お任せくださイ」
各地を行商しながら回っているレンは無論、その情勢には詳しい。
それ故に情報屋の真似事もしていて、国内新聞などよりは遙かに新鮮な情報を届けてくれるのだ。
それは当然のこと先程までの情報交換で出るような物ではない。
勿論、それに見合った料金も取られるが。
「西のベルルーク国は最近、兵士を募集し始めたそうでス。名目上は国防力の強化ですが、民の間ではもう一回大戦を起こすんじゃないかだの何だのと真しやかに囁かれてますネ」
「……スノウフ国の方に異変は?」
「得にありませんヨ。いつも通りでス」
「そうか。……レン、貴様から見てベルルーク国の動きはどう思う?」
「面白くないですネ。軍事国家ですから兵士を募集するのは当然なんですけどその数が些か多すぎル。私も暫くあちらに行くのは控えましょうカ。……そうでなくとも、少し居心地の悪い国ではありますガ」
「ふむ。少し怪しいな……」
「軍事力強化と言えばそれまでではありますガ、最近ではお宅のサウズ王国と同盟を結ぶなんて噂話もありまス。そんな事をすれば四天災者という留め具で止まっている不安定な平和という紙切れは一瞬で吹き飛ばされますヨ」
「……サウズ王国の女王は国を一として考える。態々、落ち着いた戦火の後を荒立てるような事はしないと思うがな」
「だと良いんですがネ……」
話が一段落付いたことにより、再び彼等の間には静寂が訪れる。
その合図とでも言わんばかりにパチン、と焚き火が火の粉を吐き出した。
だが、今度は誰も枯れ木を加えることはない。
「他に情報ハ?」
「……いや、もう充分だ。思いの外、事は厄介に拗れているらしい」
「では終わりですネ。けれどこれでは少ないですし、何か買いますカ?」
「…………女性の胸を育てる機械、とか」
「エ? 何ですっテ?」
「いや、何でもない。そうだな、どうせなら煙幕弾でも貰おう」
「毎度ありがとうございまスー!」
結果、彼等が眠りにつくのはスズカゼ達が汗だくで帰ってきた後となる。
星々が燦々と輝く夜空の元。
既に焚き火は光を失い、灰塊となっていた。
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