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獣人の姫  作者: MTL2
虚ろなる世
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闇に腐り堕ちて

「……何、言って」


嫌だ。


「何言ってんスか……?」


嫌だ。


「……私は」


彼女は濁り切った眼に彼の姿を映す。

然れど、その中にシンという存在はいない。ただ、その刃だけが。

己を殺せる刃だけが、映る。


「自分の我が儘で色んな人を振り回して、何人も踏み躙って」


目的を達せようとした人々が居た。

国を救おうとした人が居た。

己の享楽に生きようとした人が居た。

国を守ろうとした人が居た。

平和を望む人が居た。

故郷を救うべく悪になった人が居た。

己の国を救おうと全てを犠牲にした人が居た。

自身の存在を刻もうとした人が居た。

自分を支えようとしてくれた人が居た。

有象無象に呑まれ悪意に狂った少女が居た。

自分達を護る為に強大な存在に戦いを挑んだ人達が居た。

狂い戦った自分を止めてくれた人が居た。

こんな自分に懐いてくれた仔が居た。

混血を乗り越えようとした人と仔が居た。

組織を崩そうと戦った人が居た。

戦乱に嗤叫を轟かせた人が居た。


「ボロボロになってもあの人達のためなら、と。ずっと戦って戦って戦って」


多くを望んだわけじゃない。

ただ四年前の、あの日の、皆で嗤い会えた、あの時だけを。

皆の笑顔を、望んだだけなのに。


「救おうとした仲間に裏切られて、救った仲間に殺されかけて」


手が、崩れた。

伸ばし続けてた手が、腐り果てたように。

ぼろぼろと崩れて、消えて、いった。


「……私が、私こそが」


何人も何人も不幸にして。

結果が、これだ。

誰も救えず、誰かを殺して。

ただ、災禍(・・)が如くーーー……。


「冗談……、言わないでくださいよ。貴方を、貴方が災禍なんて、そんな事はない! 現に俺は貴方に救われたッス!! だから、だからっ……」


彼女の救いが無ければ自分は死んでいた。

人としても戦人としても、死んでいた。

彼女を救うという目的があったから、この四年を、戦場を生きて来れた。

なのに、なのに。


「そんな事を……、言わないでください……」


シンは彼女の前に跪き、力無く頭を垂れる。

彼女が三年という歳月を掛けて仲間を救うために戦って来たように。

彼もまた、四年という歳月を掛けて彼女を救おうとした。

救おうとしたその存在に殺してくれ、と。そう、言われたのだ。


「言わないで、くださいよ…………」


お前等は何処までスズカゼを神格化しているのか。

シンの脳裏に過ぎった、ユキバの言葉。

彼はその意味を漸く理解した。理解せざるを得なかった。

誰よりも彼女を救いたかった自分が、誰よりも彼女を理解出来ていなかったのだ。

彼女を決して折れない心を持つと信じ疑わなかった。彼女ならば、彼女ならばと思い続けた。

思い込み、続けた。


「……俺は」


嫌だ。

こんな所で。

貴方の、そんな瞳。

見たく、ない。


「貴方をただ、救いたくてーーー……」


彼の体が撥ね飛び、壁面へと叩き付けられる。

飛散した瓦礫の破片は少女の頬を切り裂き、鮮血を滴らせた。

それでもなお、彼女の瞳は変わらない。

それでもなお、彼の瞳に映る物は変わらない。


「……鼠が、何処から、どうやって忍び込んだのやら」


彼女は撓る鞭で瓦礫を粉砕しながら、壁面に沈む青年の元へと歩んでいく。

この大監獄を守護せし、囚人共を束縛せし女性、看守長は。


「立て。貴様も牢に入れてやる」


シンの肉体は最早抵抗する術を失っていた。

いや、その意思さえも、彼の身には宿らない。

伸ばした手は届かず、ただ、闇だけが、彼女を蝕んでいく。


「スズ、カゼさーーー……」


指先から崩れていくように。

嗚呼、そうか。これこそが、彼女が感じたものだったのだ。

綻び、腐り、果てる。掴む物は無く、掴める指はなく、いや、腕すらも。

何と無力。何と無様。何と、何と、何と。


「俺、は」


闇は何より厚く、闇は何より深く。

彼女の姿が闇夜に呑まれるまで、そう時間は掛からなかった。

シンの手が、闇夜に腐り落ちるまで、時間は、決してーーー……。



《第四階層・監視室》


「これが結果だ」


ユキバは光照らす画面を前に頬を歪めていた。

彼は全てを知っていた。シンをスズカゼに合わせればどうなるか、全てを。

故に行かせた。故に会わせた。これが結果だ。これが望んだ結末だ。

何と甘美。これが、救世主に憧れた小娘の、唯一救世主を愛した男の末路。


「相変わらず貴方は趣味が悪い」


「……何だ、テメェも居たのか」


彼の歪んだ頬が引き下がり、頬端で結ばれる。

普段から享楽的な男が滅多に見せない、露骨なまでの不快感。

少年は彼のそんな表情を受けて肩をすくめ、賺すように微笑んで見せた。


「嫌いですか? 僕のことは」


「嫌いだね。不可能こそが人間の可能性だ。不可視があるからこそ人間は歩み、知識という灯火を手に入れる。だが、全てを照らすテメェみてぇな例外(・・)はそんな物さえ求めやしねぇ」


「心外です。僕だって好きでこの力を持っている訳じゃないのに」


「黙れよ。シーシャ国の始祖にして全属性掌握者(・・・・・・)……、ハリストス・イコン」


少年は微笑む。

ただ何人として辿り得る事の出来なかった極地。

その場に到った青年は、ただ。

微笑む、ばかり。



読んでいただきありがとうございました

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