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獣人の姫  作者: MTL2
虚ろなる世
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仲間が故に護りたく友が故に救いたく


「……でも、実際のところどうするんですか?」


シャムシャムの問いに頭を抱えるばかりなシンとムー。それを他所に寝息を立てるココノア。

実際にはどうするかと問われれば、本当にどうしようかと言う他ない。

ユキバの所為で時間制限まで付いてしまった。その対価として道を開く鍵が渡されたのだから恨み言は吐けぬが、いや、少しぐらいは吐いても良いと思う。


「シシシッ……、侵入事態は確かにあの男も言う通り難しくないはずだ。けどな、問題はその後だ」


「後……?」


「スズカゼを連れ出してどうすんのかって話だよ。シシッ」


「どうするって、それは……」


逃げるだけ、と。そう一口に言っても。

時間制限があり、強敵が立ち塞がり、脱したとしても彼女は狙われ続ける。

正直言って無謀だ。余りに、無謀。


「でも、あの人なら立ち上がるはずッス」


シンには確信があった。

彼女は強い。決して折れぬ心を持っている。

今は燻っていても、それが、その火種が消えることは決してない。


「……だけどよォ」


「俺が一人で行くッス。皆さんにはここまで支えて貰って、ありがとうございました」


思わずシャムシャムは叫びそうになってその身を乗り出した。

然れど彼女を止めるのは他ならないムーだった。

確かに、シンの言う通りだ。ここまで来れば自分達は足手纏いにしかならない。

それに、もし看守長に露見した時、保身することも出来ない。

そう、自分達はスズカゼに見逃して貰った恩があるし、彼女を助けたいとも思っている。

けれどそれ以上に、仲間を危険に晒したくないのだ。


「……悪いな、シシッ」


「いえ、むしろここまでお世話になって申し訳ないぐらいッス。皆さんの御陰で、俺は」


シンの視線が半角ほど撥ね飛び、その身を地面に数回殴打させて壁へ激突する。

殴ったのはシャムシャムではなく、ムーでもなく。

ベッドから拳を出して涎を垂らしながら、半目でぐだっとしている、ココノアだった。


「おま……、起きて……」


「いっつも私に秘密で何食べてんのかと思ったらよぉ……。そんな話か、お前等……」


のそり、と起き上がりながら。

ココノアは己の頬に伝う涎を袖で拭い、シンの首根を掴み上げた。

だらりと垂れるその身を獣特有の力で振り回すように、だ。


「スズカゼはなぁ! 友達なんだぞ!? 変態だし気持ち悪いし何か触ってくる奴だけど! 見逃して貰ったこともあるし船で話したこともある! 私達の友達なんだ!!」


「……シシッ。ココノア、それは解ってんだよ。でもな、私達の安全を考えりゃ」


「安全が何だ! そうやって安全ばっか大切にして生きるのか!? ずっと生きてくのか!? 老いて死ぬのがそんなに大事なのか!? 自分のやりたい事もやるべき事も忘れて安全に生き続けるのがそんなに大事か!? 私は嫌だぞ! 友達を見捨てたら、体より先に心が老いる!!」


ムーは己の唇を噛み締める。

だから、何だ。自分は目の前で仲間が傷付くのを見る方が余程悲しい。

友達の為ならば卑劣になるし卑怯にもなる。それが、この馬鹿共と旅をするために自分が成すべき役目だ、と。

そう、信じていた。


「……ムー」


シャムシャムの宥めるような声が、彼女に背中に掛けられる。

どいつもこいつもそうだ。自分の苦労なんて知らずに好き勝手やりやがる。

いつもその尻ぬぐいをするのは自分だ。お前達の尻を叩き上げるのも自分だ。

いつものように、今回も、また。


「……計画を練るぞ。ココノア、その手に持ってる馬鹿をこっちに投げろ」


「解った!」


彼女の顔面に直撃するシン、ココノアの頭を殴り飛ばすムー。

そして二人を介抱するシャムシャム。

いつも通りの馬鹿をやってから、漸く始められる。

彼女達の、或いは彼の、救出作戦がーーー……。



【大監獄周辺】


「見えるか?」


「あぁ、問題ない」


彼等はそこに居た。

琥珀の眼で、一枚の硝子を通して大監獄を眺めながら。

或いは、両腕の義手を外気に晒し、軋ませながら。


「と言うか、師匠が居る時点で行くべきだとは思わないのだが、どうだろう?」


「それには同意する、が。そうも行かん」


外套に身を包んだ男は足下を見下ろす。

断崖絶壁とは正にこのこと。一歩でも前に出ればそのまま大地へ真っ逆さま。

それ程までに反り立った崖に彼等は居る。そんな場所に居なければならない程に、連中は厄介なのだ。


「[暴食]にして[破壊者]、デモン・アグルス。奴相手ならば我々全員で漸く勝てる、と言ったところだろう。師匠の面倒臭さはいつもの事だが、この四年で磨きが掛かっているはずだ」


「……気付くべきだった、あの男の醜悪さに」


「今更だと思うのだが、どうだろう? だって果てしなく胡散臭かったし」


「それは出会った当初から解っていたが……」


琥珀の瞳を持つ男は大きくため息をつき、一度立ち上がる。

そう難しい事ではない。混沌の奔流が溢れる世であるが故に、と言うべきか。

我々の目的は陳腐な言葉で言えば人類の救済だ。そして、その為に必要な行為はただ一つ。

単純なまでに、たった一つ。


「……スズカゼ・クレハの抹殺」


静かに、零れる。

誰一人として呼応する事は無い。然れど否定することもない。

彼の言葉は、ただ、虚空の中へと。



読んでいただきありがとうございました

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