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獣人の姫  作者: MTL2
虚ろなる世
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欲望に忠実なる者達

《第四階層・監視室》


「何が落ちてたんだ」


監視室で彼女等を出迎えたのは若い男の看守だった。

彼は画面から目を離すことなく、シャムシャムへと問いかける。

彼女は事前に準備していた器具、と言うよりは部品を取り出し、後ろ手を振るその者へと手渡した。


「……何処かの部品か、これ」


「解りません。落ちていましたので」


「そうか。報告しとく」


坦々と終わる会話。

シンは跳ね上がる心拍数を抑えながらその会話に耳を立てていた。

何処だ? 何処にある? 最下層への予備許可証は。

早く、見つけるんだ。早くーーー……!


「……!」


彼の瞳に映ったのは予備許可証ではなかった。

ただ、画面。一つの画面。

中央より少し外れた場所にある、一人の少女の姿。

薄汚れた布を身に纏い、生傷絶えぬ全身を銀鎖に吊り上げられた、姿。


「ーーー……」


一瞬、ふつりとそれは湧き上がった。

純粋な、何処までも純粋な憤怒。

けれど、それは混じり合い、濁り合い。

己の中で泡沫を吐き出しながら、這い出てくる。


「……ろ」


抑えろ、抑えろ、抑えろ。

今ここで激昂してどうなる? シャムシャムがこうして案内までしてくれた今を台無しにするのか? いや、それどころではなく彼女まで巻き込むのか?

落ち着け、落ち着け、落ち着け。落ち着くんだ。


「それと今日は客が来てるらしいからな。何でも相当な権力者だそうだぜ」


「……お客様、ですか?」


「看守長が対応なさってるそうだ。だが、給仕係が足りてない。お前等、行け」


「了解しました……」


シャムシャムは頭を下げると共に、シンの服端を引っ張った。

最早限界だ。これ以上粘れば怪しまれる。

シンは牙を噛み締めながら静かに下がっていった。予備許可証を見つけられなかった悔しさと、スズカゼの現状を知った憤怒故に。

己の無力さを痛感しながら、下がる一歩一歩に、後悔を込めて。



《第四階層・廊下》


「……すいません、シャムシャムさん。見つけられなかったッス」


頭を下げるシンに彼女はいえ、と言葉を持って打ち切った。

元より重要な物だ。そう簡単に見つけられはしないだろう。

幾度か時間を掛けても必ず見つけましょう、と。彼女はそう付け足して。

頭上から放り投げられた最下層の予備許可証を、受け取った。


「……え? ……あれ? 何で」


思わず受け取ってしまったが、どうしてコレが此所にある?、

この大監獄内部にも看守長の持つそれと予備、二枚しか無い代物のはずだ。

だと言うのに、いったい、何故。


「よぉ、シン。元気にしてたか?」


しぃ、と。歯の隙間から抜けるような吐息。

殺気や殺意は感じずとも、背筋を貫く悪意。

その者が何者であるかなど、言うまでもなかった。

己の魔剣が父に会った事を喜ぶように、震えている時点で、最早。


「何で……、アンタが……!」


「まぁ、ゆっくり話そうや。あ、そっちのお嬢ちゃんは仕事に戻って良いぜ。別にチクッたりしねぇからご心配なく」


彼は、ユキバはシンの背中を押そうと手を伸ばすが、それは容易く振り払われる。

自身に向けられた憤怒の眼差しとて、ユキバの瞳には大した物として映らない。

最早、彼からすれば困惑する獣人の女性も、自分と共に来た男もどうでも良かった。

ただただ、己の知識欲のみに真摯な男からすれば、どうでも。



《最下層・会議室》


「と言うわけで引き連れてきた」


「馬鹿だろお前」


会議室でシンを待ち構えていたのはデモンだった。

切迫した表情のシンを前に、彼は酷く呆れながら椅子へ踏ん反り返る。

幸いと言うべきか、今の会議室には彼等の姿しかない。ユキバはユキバで嘘は着かない男だ。

これでムー達が罰せられる事はないだろうがーーー……。


「それで、[天修羅]……。いや、今はもうただの小僧だっけか」


デモンは飛び上がるように椅子から立ち、のそりのそりとシンの元へ向かって行く。

その様は彼に与えられし[暴食]とは違い、むしろユキバの[怠惰]にさえ思えた。

しかし、対峙せしシンからすれば、デモンという男を知るシンからすれば、彼は違いなく[暴食]なのだ。

強者を、戦乱を、闘争を喰らう、暴食者。


「お前、何でこんなトコに居る? 別に組織は抜けたお前を追おうとはしなかったし、気にも掛けてなかった。それなのに、何故だ?」


「あーあ、これだから戦闘馬鹿の獣人は……。決まってんだろ? 好きな女を助ける為だって」


連れてきたのは自分だと言うのに、ユキバはシンの代わりにへらへらと答え出す。

流石のシンも苛つきを隠しきれなくなってきたが、今はそれどころではない。

ユキバだけなら大して問題はない。この男は適当に見逃すだろう。

しかし、デモンはどうだ? 彼が何かに忠誠を誓うとは思えないが、なればこそ彼なりの目的があって組織に従属している。

だとすれば今自分が行っている行動は彼からすれば決して見逃せるはずはない。

はずはない、が。その不安を打ち破ったのは他の誰でもない、ユキバだった。


「……で? 俺にコイツを見せて何がしてぇんだよ」


「いや、見逃せって話」


「何で?」


「スズカゼが逃げたら面白いじゃん?」


デモンは呆れ返り、大きくため息をついて、己の口元を掌で覆いーーー……、頬端まで牙を裂くように嗤った。

所詮、デモンが組織に着いているのは戦いを望むからだ。所詮、ユキバが組織に着いているのは知識欲を満たす為だ。

オロチやデュー達のように忠誠を誓った訳でもない、ツキガミ復活に属す訳でもない。

己の欲望に、従うためだ。


「……俺は出来るだけ手を出すことはねぇ、が。戦いはするぜ?」


俺が求むのはそれだ。ただただ、闘争。

この一年という月日は余りに退屈だった。誰一人として抗わぬ渇き。

故に、求む。闘争の二文字をーーー……!


「精々頑張れよ? ……なぁ、シン・クラウン」



読んでいただきありがとうございました

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