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獣人の姫  作者: MTL2
虚ろなる世
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彼女を愛した者達

「……よし」


シンが纏うは大監獄の看守服。

ちょっとしたツテでムーが手に入れた男物だ。彼には少々大きいが、着れないことはない。

いや、むしろ大きな分だけ剣も隠せるというものだ。


「シシッ。これからシャムシャムは看守質前の清掃に行く。シシッ。だからシャムシャムと一緒に行け。ある程度なら誤魔化してくれる」


「よ、よろしくお願いします……」


「あ、いえ、こちらこそよろしくッス」


気の弱そうな、おっとりとした獣人の女性。

彼女なら、まぁ、きっとムーよりは怖くないはずだ。


「まぁ、取り敢えず握手でも……」


渇いた音と共に弾け飛ぶシンの掌。

笑顔のままで固まる彼の前で、地を這う虫に唾を吐くような視線を向けながらシャムシャムは露骨に舌を打つ。

私に触れて良いのは女性とスズカゼお姉様だけです、と。そう付け足して。


「……あの、ムーさ」


「昔、そいつ調教したのスズカゼだからな」


「いや、何と言うかもう、ホント、うん……」


呆れ果てながらも彼は安堵する。スズカゼが、あの頃のスズカゼが残した物に。

形は少々アレでも確かに彼女が残したものだ。自分が信じ、憧れた彼女の。

故に、求めよう。再び、彼女の笑顔を。


「私は何をすれば良いんだ!?」


「ココノアはいつも通りの仕事な。シシッ」


「解った!!」


取り敢えずシンが一番無害なのは誰かを理解したところで、皆は動き出す。

一人は愛する者の為に、一人は新たな職場のために、一人は愛しきお姉様の為に、一人は特に何かを理解せずに。

大監獄という鉄鎖の中で、彼女達は、動く。



《第四階層・廊下》


「……さて」


シンの瞳に映る通路は真っ白で、無駄な装飾が一つもない。

時折見える僅かな窪みは監視写影機なのだろう。遠隔視覚の魔法を駆使しているらしい。

その予備許可証がある監視室とやらはこの映像を収集し、常に見えるそうだ。

しかし、こんなに便利で高度な魔法は初めて聞く。恐らく魔力施錠と同じくユキバが導入した物だろうがーーー……、いったい彼の頭はどうなっているのか。


「……シンさん、ちょっと聞きたいんですけど」


「へ? 何スか?」


「貴方はスズカゼお姉様とどういう関係ですか?」


彼女は姿勢を崩さず、気弱そうに、おっとりした風に、歩く。

いや、違う。彼女は気弱そうに、おっとりした風にしていても、強い。

崩れず歩むその姿勢がそうだ。彼女には強さがある。


「……関係、ッスか」


彼女がスズカゼのことを愛しているのは、解る。

けれど、きっと彼女に力はないのだろう。いや、自分もそうだ。

今救おうとしているスズカゼにさえ勝てない。彼女が本気で刃を振れば容易く負けるだろう。

それ程に弱い。自分達は、どうしようもなく。


「俺は……」


だけど、彼女は、シャムシャムはそれでも構わないという事を知っている。

決して弱気を是としている訳ではないけれど、彼女には彼女の強さがあるのだ。

この崩れない姿勢が、揺らがない視線が、何よりの証拠だろう。


「あの人が好きッス。愛してる。尊敬もしてる。……救いたいと、思ってる」


だから、此所まで来た。

決して倒れない体を持ってる訳じゃない。決して折れない刃を持ってる訳じゃない。

それでも、俺は、あの人を救いたい。


「……それだけ聞ければ充分です」


シャムシャムが確認したかったのは意思。

ムーは何かを感じて彼に協力した。ココノアはムーが協力すると言うのなら協力するだろう。

けれど、自分は理由がない。スズカゼを救うというのなら理由にはなるだろう。

でも、それが無謀な挑戦であるなら、諦める理由にはなる。仲間という存在が自分にはあるから。

だから、問いかけた。シンに無謀かどうかを。


「貴方が、そうなら」


彼は言い切った。ならば、それで良い。

自分に出来ることをしよう。スズカゼを救いたい、仲間も護りたい。

だから、自分に出来ることをしよう。協力出来るのなら、何でも。


「……着きました」


シャムシャムとシンが前にしたのは巨大な鉄の扉。

厚さもその巨大さに比例するだけあるのだろう。内部からの音は一切聞こえない。恐らくは砲弾数十発でさえもこの扉は破砕出来ないはずだ。

それ程に重圧。それ程に、頑丈。


「看守のシャムシャムです。奇妙な物を拾ったので報告に」


地鳴りのような音を立てて、次第に扉は開いていく。

中へ続く道は真っ直ぐで左右には幾多もの防壁。恐らく、向こう側の指示一つで左右の防壁が閉じられるのだろう。

万が一の場合はここを奔り抜けなければならないと思うと鳥肌が立つ。


「随分と頑丈な……」


「……それだけ重要な施設なんです」


彼等は奥へと進んでいく。

歩いて数分ほど。地上から見た大監獄は塔であったが、この広さからして地下は相当大規模な設備になっているようだ。

ムーの地図通りなら、最下層はもっとーーー……。


「失礼します」


シャムシャムは更なる扉に手の甲を打ち、中からの許可を待って入室して行く。

シンもまた、彼女の後ろに着いて部屋へと入っていった。

此所にある。スズカゼの居る場所へ向かうための、鍵が。

彼女を救うための、術がーーー……!



読んでいただきありがとうございました

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