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獣人の姫  作者: MTL2
決戦・後
651/876

灯火は尽きることなく


【???】


「……ここは」


久し振りだーーー……、三年振りか。

記憶の底に封印されていた光景。幾度か眼にしようと、決して思い出し、思考することなど赦されなかった光景。

果てまで続く白き世界。波紋なき水面が続く世界。

自分以外は誰も居ない、その世界。

いいや、居ないはずだった、その世界。


「お久し振り、お姉ちゃん」


「久し振りね、スズカゼちゃん」


そこに居たのは見覚えのあるはずの少女が二人。

然れど、その顔は炭が塗られたように真っ黒で、声も、歪んでいる。

誰だ、この二人は。知っているはずなのに、知らない。

絶対に忘れてはいけない二人のはずなのに、知らない。


「やっぱり駄目だよ、××お姉ちゃん」


「駄目みたいねぇ、××ちゃん」


困る××ちゃんも可愛いわぁとその少女は同い年ぐらいのその子へ頬擦りをする。

懐かしい光景のはずなのに、望んでいた光景のはずなのに。

心の波は揺らがない。何も、変わらない。

いいや、違う。凍ってしまったのだ。氷の中に波紋はないのだから。


「ま、時間もないしあの馬鹿も危ないしぱぱっと言っちゃいましょう」


ぱちんと小さな掌を撃ち合わせ、少女はスズカゼの唇に指を当てた。

彼女はその行為が示す意味を理解するより前に、ただ縛られる。

それが魔力による物だと理解は出来たけれども、何故か解く気にはなれなかった。


「私と××……、あぁ、私とこの子は今、貴方の中にある残痕魔力で語ってるだけ。要するに貴方の中に残った私が、ってこれエロくない?」


「お姉ちゃん?」


「怒る××ちゃんもカワイイわぁ。それはそうと私達が伝えることは一つ」


笑った、気がした。

顔は真っ黒で声が歪んでいるけれど。

二人が、笑った気がした。


「貴方は絶望の鍵であり、希望の種でもあるの。……だから」


ごめんね、と。

ただ、そう、言い残して。


「ーーー……ッ!」


彼女は目覚める。

業火の中、焼け焦げるような四肢の激痛。

見覚えのある曇天、果てなき紅蓮の世界。

自身の指先から伝うのは鮮血か純水か。


「……いいや」


立て。思考するよりも前に、立て。

戦わねばならない。膝を折ることは赦されない。

知っていたはずだ。この身に刻んだはずだ。

復讐せよ、と。彼女達の謝罪もーーー……、謝罪?

謝罪とは、何だ。誰に謝罪された?

私は今、眠っていたのか?


「起きたか、スズカゼ}


彼女の眼前、視線を向けることなく、彼女に背を向ける一人の男。

隻腕の彼はただ、怒りや嫌味を言う訳でもなく、問う。

三年振りの会逢であろうとも、自分勝手に三年間走り回った馬鹿を前にしても。

ただ、問うばかり。


「……お久し振りです、ゼルさん」


「あぁ、久し振りだ。出来ればお前に言いたいことが沢山ある。この場で蹴り飛ばしてやりてぇし思いっ切り拳骨を喰らわせてやりてぇ。だけどな、そうも言ってられねぇんだわ}


気付く。

彼の腕が奇妙である事に。

義手故にではない。それは、光の腕だったから。


「腕、ねぇからな}


ゼルは隻腕だった。

光の腕、義手だったその腕を残して、隻腕となっていた。

滴る鮮血は肩口より、肉塊を覗かせて、落ちる。


「……その、腕」


「四天災者相手に片腕だ。よく持ってる方だ}


四国大戦の時とは別の腕が犠牲になっただけだ、と。

彼はそう軽口を叩くが、スズカゼは知っている。

自分がそうであったように、彼もまたそうなのだ。

仲間に見せたくないのだろう、今の自分の表情を。

疲労や絶望に染まりきった、その表情を。


「……私も」


戦います、とは続けられない。

その手にあるのは折れ砕けた太刀のみ。

こんな刃で何が出来る。何一つ切れぬ、刃で。


「おい}


そんな彼女の胸元に投げられたのは鈍らだった。

魔炎の太刀とは比べものにならない、一本の剣。

然れどその使い込まれた刃は程よく摩耗しており、鈍らなりの強さを持った、一本の剣であった。


「俺の愛剣だ}


「……買い換えたらどうです?」


「この期に及んで言うのがそれかよ}


呆れ果てたその声に、何処か安心感を覚える。

懐かしいやり取りだった。例え命のやり取りを行う戦場であろうとも。

ここにメタルさんが茶々を入れて、ジェイドさんが呆れて、ハドリーさんとメイドさんがおろおろ慌てて、ファナさんが鼻を鳴らして、デイジーさんとサラさんが呆れて、リドラさんが締めるーーー……。

あの日々をまた、取り戻したい。

平和なる日々を、ただ望む。


「ゼル!! もう限界だぞ!!}


彼女達の意識を向けさせたのはオロチの豪声だった。

彼とレヴィアによる防壁がイーグの灼炎を抑えているが、縦横無尽に刻まれる亀裂が限度の近さを見せつけている。

いや、その中を悠々と歩む男を見れば限度が与えられた物である事は、充分に理解出来た。


「スズカゼ}


彼は静かに一歩、踏み出した。

最早、今にも崩れてしまいそうな脆い身体を引き摺って。

隻腕に、耀剣を持ちて、歩む。


「お前のやりたいようにやれ。義務も建前も束縛も捨ててーーー……、お前のやりたいように}


疾駆し、斬撃が放たれる。

地平線の果てまで裂くその斬撃であろうとも、その男殺せず。

最早、勝率は零だとか零に等しいだとか勝てないかも知れないだとか、そんな物ではない。

絶対に、勝てない。圧倒的な零。

彼等は人間、敵は神にも等しい怪物。

勝てる要素など一つもない。

確実な敗北。

勝負以前に、解っていることだ。


「……だけど、私は敢えて言わせて貰う」


それがどうしたーーー……、と。


読んでいただきありがとうございました

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