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獣人の姫  作者: MTL2
決戦・後
650/876

灼炎猛り輝剣斬る


【雪山岳】


「幾億だ。幾億の死が視える」


拳撃が臓腑を突く。

輝きの中に抉り込むそれは灼炎によって光を焼き尽くし、穿つ。

突き抜けた衝撃は大地を破し、這い擦るに等しき亀裂を生む。

腹部に大穴を開けたゼルは威嚇の眼光さえ向ける暇なく後方へ撤退した。

光速に等しい速度を持ってしても解る。今のは、逃がされた。

あの男は先の拳撃で自分を殺すことが出来たし、今の再生にしても待たれているだけだ。

やはり、不可能。この四天災者相手に勝とうなど。時間を、稼ごうなど。


「あるのだろう?」


嗤う。

嘲笑うように? 否。

嗤う。

侮蔑するように? 否。

嗤う。

悦楽するように? 応。


「嘗ての貴様はそこまで弱くなかった。疲労や経歳などで劣る物でもあるまい。何故、放たない?」


「ッ……!}


放てるものか。

この場で使うならば、それも良いだろう。

ただそうすれば、この場の、延いては周囲のーーー……、下手をすれば大陸さえも。


渇きし大地の羨望(ア・ライ・ジアース)


流動する。大地は巨大な柱を捻曲げ、徐々に塔を形成していく。

その重圧中部は大地に等しく、封圧されし者達は天視の権利を剥奪される。

大地の轟音と震動は周囲の大地に雪崩を起こさせ、或いは亀裂さえも走らせるほどの物だった。


守護の純水ウォーザ・トラパランス


さらに、激流音。

幾多の水流が折り重なり、巨大な岩塔を覆い尽くしていく。

絶対的な防壁だった。堅固なる岩盤の壁、不形なる水流の壁。

その二つ、如何なる攻撃をも通さぬ、防壁。


「……ふむ」


イーグ、ゼルの両名が事態を把握するのにそう時間は掛からなかった。

天奪われし塔の中、灼炎と輝光のみが取り残された塔の中で。

オロチ、レヴィアがその空間を生み出した理由を把握するのに、そう、時間は。


「死に損ない共も、まぁ、少しは役に立つ」


灼炎が、嗤った。

ゼルは彼の表情を見て一つの確信を得、一つの誤解を捨てる。

この男にとって殺戮とは何か、闘争とは何か。

それを考えた時、決定的な矛盾が一つあったのだ。

殺戮も、闘争も。それ等はあくまで上等、或いは同等の力を持たねば起こり得ない事象。

彼にとっては殺戮する物もないし、闘争出来る者も居ない。

全て等しく塵芥。全て同じく有象無象。

人も獣も、空を舞う埃を払ったとて、或いはそれ以下の物を踏んだとしてそれを殺戮や闘争と思うか? 答えは言わずもがな否だ。

故に、確信。故に、誤解。

この男にとって自分も、スズカゼも、オロチもレヴィアも、この戦争さえも。

全てが塵芥。全てが有象無象。


「……この}


狂っている。

いいや、この男にとってはそれが常識であり、理なのだ。

狂っているのは自分達で、正常なのは、自分なのだ。


「戦闘狂がァアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッ!!!}


ゼルの左指が義手の肘部分にある突起を跳ね上げた。

噴出する白煙が輝光の中へ消えて逝くと共に、それは現れる。

彼の右腕、切断面に縫合された魔法石。純白のーーー……、否。

それは、魔法石ではない。


「……残骸(・・)か」


僅かに歪む嗤いに呼応するが如く、それは煌めきを増していく。

ゼルの煌鉄の剣帝(アウロン・エイゼルデ)に置いて重要なのは拘束具リミッターの解除だ。

拘束具リミッターとはそれ即ち義手。彼の魔力と魔法石、否、残骸を封じる為の義手。

故に、取り払った。彼のこの技にはその必要性がある為に。


〔天より与えられし万物よ。その源たる生命の息吹。我はそれを喰らおう。殲滅殺戮の為に、彼等の屍を超えて息吹を蘇らせる為に。呼応せよ、呼応せよ、呼応せよ。我の為に死ね、我の為に蘇れ。天の息吹は、我が剣となれ〕


煌めきは、収束する。

ただ一振りの、剣として。


「魔力解放と詠唱……。随分と重ねてくれる」


嗤い、纏う。

業火の、否、灼炎の拳。


耀鉄の剣神(ルドロン・シヴァーデ)


斬った。


「……はっ」


一度は歪んだ笑みが、再び元に戻る。

鮮血が零れる頬を拭いながら、彼は嗤った。

見えなかったのだ。奴の斬撃が、この瞳にも意識にも映らなかった。

超越している。自身の速度を、奴は、超越している。


「それでこそだ、[サウズ王国最強の男]よ!!」


双方の嗤叫が、咆吼が、交差する。

一撃同士は塔の壁を砕き水壁を穿つ。

彼等の周囲にあるのは殺戮だった。彼等以外の生命はない虚空での殺戮。

如何なる攻撃をも防ぐであろう塔が破砕され、如何なる崩壊をも塞ぐ水壁は崩壊していく。

例え何人であろうとそれを防ぐことなど、出来るはずはなかった。


「……災禍、か」


オロチはその光景を前に、ただ頬端へ汗を流すばかりだった。

人々は彼を四天災者と称した。天災にも匹敵する力を持つ故に、と。

だが、違う。そんな物ではない。

あんな化け物が、怪物が、異端者が。そんな程度なはずなど、ない。


「く、ははは」


嗤う。災禍は嗤う。四天災者は嗤う。

業炎の中、豪炎の中、灼炎の中。

その身に刻まれた斬撃、幾多の鮮血の中で嗤う。

嗤って、嗤って、嗤って。


「残念だよ、ゼル・デビット」


地に伏した隻腕の男へと、そう、吐き捨てた。



読んでいただきありがとうございました

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