天上未だ知らず
【雪原】
「悪いのう」
剛脚は大地を踏み締め、空を見上げる。
消えた。共に在りしと願い、誓った魔力が。
願わくばここで戦っていたかった。彼等の覚悟に敬意を表し、残す言葉を遺言としてこの耳に収めたかった。
この青年等と、自身の背後で地に伏した青年と、その側に立つ男。
彼等に、果たして欲しかった。共に在りしと願った一人が成し得なかった願いを、果たして欲しかった。
「……死する時は、剣と拳に潰されて」
然れど叶わぬ。嗚呼、叶わぬのだろう。
生き様望みて全てを成せるのなら、そう、願いたかった。
そうーーー……、在りたかった。
「儂はもう行く」
大地を踏み締める剛脚に、滴る鮮血。
見事であった。例え幾度拳を交わそうと飽きることはないであろう、歓喜。
これだから男は良い。滑稽な、華奢な言葉で飾らぬから。
男は、愛すべき存在なのだ。
「……その腕で、ですか」
オートバーンの腹部から、太股へ鮮血が伝う。
否、腹部だけではない。その鮮血は左腕の切り口から、口腔から、鼻腔から、眼腔から。
最早、限界であった。超常的な戦闘力の対価を彼もまた払うこととなっていたのだ。
いや、それ以上にーーー……、シンによる一撃が、腹部を擦り左腕を斬り落とした一撃が、彼の身体の限界を早めていたのだ。
治癒も最早、どうにか止血する程度しか働いていない。
最早、もう、限界であったのだ。
「生憎とな、休めぬのよ。上に立つ人間は恨まれ、蔑まれ、急かされ、後ろから殴りつけられてこそ意味がある。それら全てを受け止めて、黙々と皆の乗る台を引っ張ってやって、漸く意味がある」
「……そんな悲しい生き方の果てに、何があるのですか」
「この様な生き方でなくとも、人間が最後に得るのは等しく自己満足だ。死地の業火にて、その頬を緩められるかどうか。その瞳より感涙を流せるかどうかで一生の価値は決まろう」
故に、例え我が一生が意味なき物だとしても、それもまた良いだろう、と。
満足であるかと問われれば否である。笑えるか、歓喜の涙を流せるかと問われれば否である。
今、それを成す為に征くのだ。死地にて笑いながら感涙の涙を流す為に。
剣と拳の元で、死ぬ為に。
「[天修羅]に謝っておいてくれぬか」
「……僕も、敵ですよ」
「それでも心残りは残したくない」
緩やかに、歩んでいく。
滴り落ちる鮮血を踏み潰すかのように、彼は。
強大な魔力が渦巻くその元へと、歩む。
【雪山岳】
「く、はは」
火傷痕の奔る顔を白手袋で覆いながら、嗤う。
彼の周囲に散らばるは紅蓮。最早、平坦と成り果てた山岳の最中で彼は嗤っていた。
頬は裂け、牙を剥き出しにして、嗤っていた。
「下らん」
その表情は一変し、消え失せる。
顔を覆う白手袋に力が入り、火傷痕を歪ませた。
彼の表情が示すのは憎悪。或いは憤怒。
期待していた、連中ならばと思っていた。
あの時、世界の果てで自分を災禍と呼び殺し掛かって来た、あの時ならば。
「失望させてくれるな、災禍の僕共」
オロチと名乗る男も、レヴィアと名乗る女も。
弱い、弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い。
何だ、これは。腕を振れば世界が滅び、拳を振れば世界が砕ける。
下らん。何人も己を止められず、何人も己を殺す事は出来ない。
やはり、駄目だった。連中でなければ、ならない。
同じ存在に到る者達でなければ、俺はーーー……。
「イィイイイイイイイイイイイグ・フェンリィイイイイイイイイイイッッッッ!!!」
輝きは天を貫き、曇天の中に一撃を穿つ。
然れどその輝剣がイーグを撃つことはない。紅蓮の障壁が前に、砕け散るのみ。
「チッ……!!}
幾度か大地を跳躍し、彼は紅蓮を消し潰しながら後退する。
イーグは緩やかに掌を下ろしながら、その者に眼光を向けた。
その身を光輝に覆い、右腕に輝剣を持つその者へと。
「ゼル・デビット……。次は貴様か」
「スズカゼはどうした!? イーグ!!}
「殺した、がな。そこの連中が蘇らせている」
イーグが指差した先にあるのは水球だった。
いや、それを水と呼称して良い物か。再生する臓器から流れ出た鮮血が純水を紅黒く染めている。
故に、傍目からすれば余りに生々しい。それを人間と呼ぶのが躊躇われる程に。
「貴様……!!}
「そんな物に現を抜かしてくれるなよ。お前なら、お前なら届くかも知れないだろう? 俺に全力を出させてみろ、死力を出させてみろ。未だこの俺さえ知らぬ天上に至らせてみろ。この俺を慟哭させてみろーーー……、ゼル・デビット」
ゼルの咆吼が大地を揺るがし、殺意はイーグの灼炎を切り刻む。
然れど、未だ、その男恐れを見せることはなし。
理解していた。嘗て、四国大戦でこの男と対峙した時と同様に。
この男を自分が殺せるはずはない。故に、必ず負ける。
然れど腕一本ーーー……、今ここで小娘一人を逃がす為の隙を作る程度は、出来るはずだ。
「イィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッッッッッグ!!!」
今一度、咆吼。
輝きの剣は彼の殺意に呼応する如く煌めき、牙を剥く。
領域を超えし怪物、領域を破壊せし怪物さえ超える名も無き何か。
彼等は激突する。星の一角を喰らうが如き刃を持って。
その命の灯火を、燃やし切るように。
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