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獣人の姫  作者: MTL2
決戦・後
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天上未だ知らず


【雪原】


「悪いのう」


剛脚は大地を踏み締め、空を見上げる。

消えた。共に在りしと願い、誓った魔力が。

願わくばここで戦っていたかった。彼等の覚悟に敬意を表し、残す言葉を遺言としてこの耳に収めたかった。

この青年等と、自身の背後で地に伏した青年と、その側に立つ男。

彼等に、果たして欲しかった。共に在りしと願った一人が成し得なかった願いを、果たして欲しかった。


「……死する時は、剣と拳に潰されて」


然れど叶わぬ。嗚呼、叶わぬのだろう。

生き様望みて全てを成せるのなら、そう、願いたかった。

そうーーー……、在りたかった。


「儂はもう行く」


大地を踏み締める剛脚に、滴る鮮血。

見事であった。例え幾度拳を交わそうと飽きることはないであろう、歓喜。

これだから男は良い。滑稽な、華奢な言葉で飾らぬから。

男は、愛すべき存在なのだ。


「……その腕で、ですか」


オートバーンの腹部から、太股へ鮮血が伝う。

否、腹部だけではない。その鮮血は左腕の切り口から、口腔から、鼻腔から、眼腔から。

最早、限界であった。超常的な戦闘力の対価を彼もまた払うこととなっていたのだ。

いや、それ以上にーーー……、シンによる一撃が、腹部を擦り左腕を斬り落とした一撃が、彼の身体の限界を早めていたのだ。

治癒も最早、どうにか止血する程度しか働いていない。

最早、もう、限界であったのだ。


「生憎とな、休めぬのよ。上に立つ人間は恨まれ、蔑まれ、急かされ、後ろから殴りつけられてこそ意味がある。それら全てを受け止めて、黙々と皆の乗る台を引っ張ってやって、漸く意味がある」


「……そんな悲しい生き方の果てに、何があるのですか」


「この様な生き方でなくとも、人間が最後に得るのは等しく自己満足だ。死地の業火にて、その頬を緩められるかどうか。その瞳より感涙を流せるかどうかで一生の価値は決まろう」


故に、例え我が一生が意味なき物だとしても、それもまた良いだろう、と。

満足であるかと問われれば否である。笑えるか、歓喜の涙を流せるかと問われれば否である。

今、それを成す為に征くのだ。死地にて笑いながら感涙の涙を流す為に。

剣と拳の元で、死ぬ為に。


「[天修羅]に謝っておいてくれぬか」


「……僕も、敵ですよ」


「それでも心残りは残したくない」


緩やかに、歩んでいく。

滴り落ちる鮮血を踏み潰すかのように、彼は。

強大な魔力が渦巻くその元へと、歩む。



【雪山岳】


「く、はは」


火傷痕の奔る顔を白手袋で覆いながら、嗤う。

彼の周囲に散らばるは紅蓮。最早、平坦と成り果てた山岳の最中で彼は嗤っていた。

頬は裂け、牙を剥き出しにして、嗤っていた。


「下らん」


その表情は一変し、消え失せる。

顔を覆う白手袋に力が入り、火傷痕を歪ませた。

彼の表情が示すのは憎悪。或いは憤怒。

期待していた、連中ならばと思っていた。

あの時、世界の果てで自分を災禍と呼び殺し掛かって来た、あの時ならば。


「失望させてくれるな、災禍の僕共」


オロチと名乗る男も、レヴィアと名乗る女も。

弱い、弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い。

何だ、これは。腕を振れば世界が滅び、拳を振れば世界が砕ける。

下らん。何人も己を止められず、何人も己を殺す事は出来ない。

やはり、駄目だった。連中でなければ、ならない。

同じ存在に到る者達でなければ、俺はーーー……。


「イィイイイイイイイイイイイグ・フェンリィイイイイイイイイイイッッッッ!!!」


輝きは天を貫き、曇天の中に一撃を穿つ。

然れどその輝剣がイーグを撃つことはない。紅蓮の障壁が前に、砕け散るのみ。


「チッ……!!}


幾度か大地を跳躍し、彼は紅蓮を消し潰しながら後退する。

イーグは緩やかに掌を下ろしながら、その者に眼光を向けた。

その身を光輝に覆い、右腕に輝剣を持つその者へと。


「ゼル・デビット……。次は貴様か」


「スズカゼはどうした!? イーグ!!}


「殺した、がな。そこの連中が蘇らせている」


イーグが指差した先にあるのは水球だった。

いや、それを水と呼称して良い物か。再生する臓器から流れ出た鮮血が純水を紅黒く染めている。

故に、傍目からすれば余りに生々しい。それを人間と呼ぶのが躊躇われる程に。


「貴様……!!}


「そんな物に現を抜かしてくれるなよ。お前なら、お前なら届くかも知れないだろう? 俺に全力を出させてみろ、死力を出させてみろ。未だこの俺さえ知らぬ天上に至らせてみろ。この俺を慟哭させてみろーーー……、ゼル・デビット」


ゼルの咆吼が大地を揺るがし、殺意はイーグの灼炎を切り刻む。

然れど、未だ、その男恐れを見せることはなし。

理解していた。嘗て、四国大戦でこの男と対峙した時と同様に。

この男を自分が殺せるはずはない。故に、必ず負ける。

然れど腕一本ーーー……、今ここで小娘一人を逃がす為の隙を作る程度は、出来るはずだ。


「イィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッッッッッグ!!!」


今一度、咆吼。

輝きの剣は彼の殺意に呼応する如く煌めき、牙を剥く。

領域を超えし怪物、領域を破壊せし怪物さえ超える名も無き何か。

彼等は激突する。星の一角を喰らうが如き刃を持って。

その命の灯火を、燃やし切るように。


読んでいただきありがとうございました

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