愚かなる生き様
【スノウフ国】
《大聖堂・臨時作戦室》
「戦況はどうなってるの?」
ラッカルは窓より爆炎と黒炎の吹き上がる雪原の果てを眺めながら、小さく呟いた。
外とは違い、温かく和やかな灯火が揺らめく、室内だからこそ思う。
後軍の隊長を務めるラッカルーーー……、未だベルルーク軍と接触すらしていな軍隊を率いる、彼女は。
「はい。前軍は乱戦状態、中軍も混戦状態です」
「……ゼル達は?」
「報告によると所属不明のーーー……、いえ、元サウズ王国王城部隊隊長バルド・ローゼフォンと戦闘状態を持続。山岳地帯へ向かったそうです」
「指揮系統はどう?」
「申しました通り、乱戦状態ですよ。中軍も指揮官不在により混戦状態です」
「……指揮官不在?」
中軍の指揮官はガグル・ゴルバクスとファナ・パールズだ。
彼等が任務を放り出して何処かへ行くはずがない。
つまりは、そういう事だ。戦乱の中で有り得ないと歎くことなど、出来るはずはないけれど。
それでも、ただ、仲間の死はーーー……。
「ラッカル副騎士団長」
「……えぇ、解ってる。解ってるわ」
ここから、どう動くべきか。
中軍に一個大隊が奇襲を掛け、さらにそれを捨て駒として大隊が奇襲してきたという事は知っている。
その戦線が崩されればこちらに移動してくるだろう。
そうすれば、ここが前戦になる。この部隊も、自分も、戦わないといけない。
この状況で戦えるのだろうか。この、状態でーーー……。
「……戦争は」
如何なる方向へ、向かうのだろう。
この戦争は、如何なる方向へ。
誰かの命が消え、誰かが泣き、誰かが叫ぶこの戦争は。
いったい、何処へーーー……。
《城下町・町外れの廃墟》
「……どーせ俺は、愚かにも死んだとか思われてんだろうなァ」
黒血を吐き捨てながら、その者は大地に手を突いていた。
その両腕より放出されるのは極大の魔力。木根霊[ジモーグ]。その全力を出させる為に、自身の魂を削るが如き魔力の、放出を。
「だがよォ、意地ってのがあるだんだよ。……例え死んだと思われようと、意地ってのがあるんだよ」
ガグルの眼前より迫るは幾千の兵だった。ガグルの眼前に聳え立つは一の樹木だった。
天を貫く幾多の根が絡み合った大樹。奇襲を掛けてきたベルルーク軍、捨て駒を踏み台としたベルルーク軍。双方の進軍を拒む、天樹の精霊。
「……ケッ」
ガグルは、嗤った。
こんな事を続けて何になる。さっさと逃げた方がマシだ。
例え何万という敵兵を使霊で押さえ込んだとしても、目の前には幾千の兵士が迫ってる。
今すぐ両手を離して逃げるべきだ。魔力の放出が止まれば瞬く間に天樹は消えて妨害も意味を成さなくなるだろう。
だが、自分は生き残れる。そうすべきだ。そうする他ないはずだ。
「でもよォ」
ここで妨害を止めれば危険に晒されるのはスノウフ国だ。
自分が拾われ、自分が育ち、自分が護ろうと決めたスノウフ国だ。
正直、自分からすればフェアリ教とかどうでも良い。大切なのはそれを護ってる仲間なのだから。
愚か愚かっつっても、本当に愚かなのは自分だ。だからこそ思う。愚かで良い、と。
それで誰かを護れるのなら、まぁ、愚かで良い、と。
「愚かな生き様、見せてやんよ」
幾千の兵士共より放たれる鉛玉は、流星が如く、嵐雨が如く彼へ降り注ぐ。
臓腑が散ろうと、腕脚が弾けようと、彼はその両腕を決して雪面から離さなかった。魔力の放出を止める事は無かった。
鮮血が散る姿が見えていく。視界が欠け、全身に形容し難き程の激痛が走る。
それでも駄目だ。愚かにも決めてしまったのだから。
貫き通してこそだろう。生き様は、貫き通してこそ意味がある。
「ーーー……あァ」
幾分、遅らせる事が出来ただろう。
一分か二分、いや、もしかすると意味など無かったのかも知れない。
この妨害がスノウフ国へ進軍する連中への意味など、成さなかったのかも知れない。
そりゃそうだ。相手は自分達の何百倍という兵力を持つ。所詮、自分一人の足掻きじゃどうにもなるはずなんてないのだ。
だから、無意味だった。決死の妨害も、目の前に聳える天樹も、無意味だった。
ほら見ろ。自分の屍を超えようと幾千の兵士が向かって来る。樹木の束縛から脱した数万の兵士も向かって来る。ほら見ろ、愚かにも無駄だった。どうしようもなく、無駄だった。
「……言ったろ」
彼は、静かに倒れていく。
雪面から手を離し、魔力の奔流を止めて。
静かに、静かに、その背を雪地へと、預けるように。
「俺の、愚かな生き様を見せてやるってよ」
僅かに、曲がる。
右手首が、僅かに。最早骨一本でのみ繋がっている手首が、僅かに。
それは合図だった。合図であり、別れだった。
今まで世話になった木根霊[ジモーグ]への別れの挨拶であり、そして。
自身の魔力全てをくれてやる、と。その、合図でもあった。
「……じゃーな、クソ野郎共」
大地が天へと跳ね上がる。
否、大地ではない。それは大地などではない。
戦場の一角、天地を穿つ樹木の大根。
幾千、幾万の兵士達を跳ね上げたのは大地。大地を跳ね上げるは天樹の大根。
それこそは魂の一撃。己が役目を果たし、最後に愚かなる生き様を見せた一人の男の足掻き。
死してなお、その大樹は役目を果たすが如くーーー……、天を、穿っていた。
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