生き様飾る華は
【雪山岳】
「何だ、これはっ……!」
それを何と形容すべきか。
幾千の兵共を乗り越え、抉り返った大地を超え、砕け散った岩盤さえ超えて。
どうにか辿り着いた彼女達、デイジーとサラ。
フェベッツェ教皇の言葉を伝える為に奔る彼女達が目にした光景は、ただ戦場。
嘗てサウズ王国王城守護部隊の隊長でありながらサウズ王国を裏切った男、バルド。
幾度か報告で目にした、あの[闇月]と渡り合ったという[破壊者]デモン。
彼等が刃と拳を、交わし合っている。
例え刹那の狭間でも命を喰らってやろう、と。その純然たる殺意を持って。
「……けれど、ゼル団長が居ませんわね。どういう事でしょうか」
「や、奴等が戦っている隙に先へ向かったのだろう。私達も急ごう」
デイジーは雪衣を着直し、積もった雪を振り払う。
既にここへ来るまで数時間歩き通しだ。疲れもする、が。
フェベッツェ教皇より正式に下された命令をゼル団長に伝えなければならない。
例え命令がなくとも彼ならば向かうだろう。けれど、正式に下されたかどうかという言葉一つで大きく変わる物もある。
「早く行かないと、スズカゼ殿が危ない」
「えぇ、そうですわね。急ぎましょう」
二人は再び走り出す。
曇天濁り、或いは大地が燃え抉れるその中で。
彼女達はその言葉を伝える為に、再び走り出す。
【雪原】
「……何故、貴様が居る」
大海を背負いて豪腕を組み、その男は眉根を歪めていた。
眼前の[操刻師]はネイクが相手にしていたはずだ。奴が負けるとは考えられない。
だとすれば逃がした、と? いいや、それもまた有り得るはずがーーー……。
「何も……」
極寒に唇を震わせるように、小さく。
酷く小さく、呟きながら。積雪に革靴を押し込んだ。
「答える必要は、ありません」
「言うではないか、華奢男め」
グラーシャの眼前に迫る豪腕と眼光。
擦りでもすれば破砕に巻き込まれ全身が砕け散るのは言うまでも無かった。
然れど、当たらない。擦りすらしない。
時間という概念を支配できるグラーシャにとってその一撃が当たるはずもないのだ。
「ふむ……」
数多の瓦礫から拳を引き抜きつつ、彼は後方へ視線を向けた。
傷一つ、いや汚れ一つない。あの距離なら如何に高速で動こうとも衣服に瓦礫が擦るはずだ。
だとすれば、やはり、信じられないが、そうなのだろう。
奴は時間という概念を操れる。眉唾物の話だと思っていたが、間違いないようだ。
「厄介な……」
事前、ネイクの考察にあった条件を考えれば決して超越的な物ではない。
一つ、確かに時間を停止、或いは操作は出来るが攻撃自体はナイフや銃といった一般的な物であること。
一つ、時間が停止している中で自身が動けるのは魔法の魔力が通じているからだ。ならば自分から離れた物が動けるはずはない。
即ち攻撃手段、ナイフや銃といった物が相手に当たるまでは刹那とは言え時間があること。
「……だが」
ならば、問題はない。
今の自分はナイフや弾丸が貫けるほど柔くはない。
鍛え上げた鋼より堅き筋肉、強化付与を行ってくれる魔具。
この二つがあれば、高がその程度に負けるはずなど、ない。
「甘いわァアアッッッ!!!」
オートバーンが破壊したのは壁面や、グラーシャの残姿ではない。
己の足下に、全力で拳撃を撃ち込んだのである。
破砕は大陸の一角を破砕し幾多の岩盤を跳ね上げ、戦場の一部にまで衝撃が及ぶ。
無論、彼の立つその場から数径の距離は立つことすらままならぬ程に荒れ果てる。
「……ッ!」
直後、彼の背後に現れる影。
それはシンを片肩に抱え、頬に瓦礫の傷を作ったグラーシャだった。
例え時間を止められようと、その狭間での移動や攻撃方法は常人のそれだ。
ならば時間停止の中に居る彼は常人の身体能力に違い無い。怪我人一人を抱えていれば尚更だ。
「さぁ、これで容易く移動は出来まい。ここからどうする?」
さらに一つ。
時間停止などという高等魔法をそう何度も発動出来るはずはない。
魔力が枯渇するのが先か、自身の当てずっぽうの拳撃を直撃させるのが先か。
どちらにせよ、そう容易く殺すことは出来ぬが、殺されもせぬ戦況がーーー……。
「……ぬ、ぅ?」
噴出していた。
自身の背筋より、一文字の斬痕より、鮮血が。
何故だ? 斬られた? どうやって、斬られた?
高がナイフや普遍の刃で傷つけられるような肉体ではないはず。
だと言うのに、何故ーーー……。
「……まさか」
グラーシャの肩に掴まる、瀕死の青年。
その青年の瞳には焔があった。いいや、戻ってたと言うべきか。
奇しくも自身の鉄槌があの青年に正気を取り戻させたらしい。いや、取り戻させてしまったらしい。
時間停止と確斬の武器。これは、かなり、マズい。
「……ふん」
まぁ、丁度良い。
物言わぬ阿呆な小童を相手にしているより、余程良い。
生き様たり得ようと言うのであれば両手を大きく挙げて嗤いながら歓迎しよう。
この逆境こそ己が生き様に相応しい。任務に難しくとも、己の生き様を飾る華としては極上を超える。
「さぁ、来るが良い。小童共ォッッ!!」
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