闇に呑まれし白面
【雪原】
「な、何だアレは……」
デイジーはその光景に絶句せざるを得なかった。
魔力を大して持たぬ自分でも解る。眼前で起こるその光景の禍々しさが。
黒き兜のデュー、そして白き面の男。
対峙した彼等の様は余りに禍々しい。双方が有す、その魔力故に。
「デイジー……、今は団長への伝達を優先しましょう。あの人は先へ向かいましたわ」
その禍々しさに気圧されるデイジーの背を押したのはサラだった。
確かに眼前のそれは禍々しく、恐ろしいだろう。
けれど、それに気圧されてはいけない。自分達の成すべき事は未だ残っているのだから、と。
「……そうだな」
デイジーは震える脚に芯を入れ、強く雪地を踏み潰す。
揺らぐな。弱者の強さを無くしてはいけない。
心に決めたのだろう。弱者は弱者の強さを持つ、と。
ならば震えるな。奔れ、奔れ、奔れ。
伝えるのだ。スズカゼ殿を助けて欲しい、と。
伝えなければ、無くしてしまうから。
{……行ったみたいだね}
黒兜は首無し馬の身を籠手で撫でる。
滑らかな毛並み、闇のように沈む馬身。
静かに、漆黒の鋼鉄が、その指先が、撫でる。
「……態と、見逃したのか」
{彼女のように何の力も資格も持たない存在が、時として何かを動かす事もある}
雪が、散った。
白面の男、道化師の疾駆は風を超える。
紫透明の結界による加速ーーー……、そして攻撃。
{君も変わったね。三年で何があったんだい?}
無言。答える事はない。
頭骨、鳩尾、太股。紫透明の結界を利用した三連撃。
然れどその一つとしてデューに届く事はない。漆黒の大剣による、防御故に。
「…………」
結界が、曲がる。
大剣の狭間を縫うように、甲冑の隙間から這いずる様に。
その様は正しく蛇。デューのように闇が如きへどろとはまた違った、禍々しさ。
{随分と細部の操作が出来るみたいだね}
だが、それは漆黒の籠手によって容易く砕き割られた。
当然だろう。先程[蛇]と形容したように、その速度は余りにノロマ。
獲物を前にして疾駆すら出来ぬそれが、どうして喰らえよう。
{もう少し速さがあれば脅威だよ}
闇が、蠢く。
漆黒の甲冑が背より這いずるが如く、闇が。
「…………」
道化師は瞬く間に闇へ呑まれ、白銀の中に黒を濁す。
周囲の雪景色は消え失せ闇に食い尽くされた。上下左右すら解らなくなる程の漆黒。闇の世界。
だが、彼は迂闊に動かない。四肢一つすら、動かさない。
「……」
闇自体は幻惑ーーー……、殺傷能力はないだろう。
だが、あの男がこんな子供騙しのような幻影だけを見せるとは思えない。
ならば、何がある? ならば、何とする?
「……来い」
道化師の周囲に幾十もの結界が出現する。
全方位防御の為、或いは全方位攻撃の為の布石。
例えこの目眩ましの何処から攻撃しようとも、必ず防ぐ。
「ッ!」
直後、闇夜より這い出た巨大な刃が眼前より迫る。
彼は狙い通りそれを結界を用いて防御、束縛。
そこから流れるように闇の中にある本体を攻撃、するはずだった。
「が、ぁっ……!!」
首、胴、腰、脚。
各部を貫く幾百の刃。
一切として逃れぬ隙間なき程に、闇より、這い出る。
{君がこの程度で死なないのは知ってるさ}
闇に浮かぶは黒の焔。
融け込むような世界に、焔が見える。
流れ出る鮮血の紅を喰らうかのような、焔。
{緩やかに、行こうじゃないか}
【雪山岳】
「……何だ、これは}
その光景が見たゼルはただ絶句するばかりだった。
眼前の広がるそれを何と形容すれば良い。陥没? 崩壊? 雪崩?
いいや、違う。そんな物ではない。これは、正しく灼炎。
燃え盛る炎が大地を食らいつくし、大陸一角を切り取ったかのように象っている。
後方の白銀、前方の紅蓮。まるで幻想のようにすら思える、景色。
「成る程、化け物と称すには未だ足りないね」
そんな彼の隣に降り立ったのは、仮面。
一縷として変わらぬ表情のまま、嗤っている。
然れどそこに殺意はない。他の感情も、ない。
ただ嗤う。仮面が如く、嗤っているだけ。
「……まだ、邪魔をするのか}
「せざるを得ないね。私には私の役目がある」
仮面、バルドの手に槍が携えられる。
光輝を纏うゼルもそれに呼応するが如く、剣を構えた。
一触即発。彼等が刃を交わすのに必要なのは合図のみ。
例え小石一つ転がったとしても合図と成り得る程の、緊迫。
「漸く」
彼等の緊迫は斬撃となりて解き放たれる。
然れどその斬撃が交差する事はなく、緊迫を破ったのは小石ではない。
斬撃が弾いたのは、緊迫を破ったのは弾丸。
双対の牙より放たれた、弾丸。
「会えましたね」
光輝纏う者と笑嗤の仮面の間に降り立ったのは、双対の牙を持つ者だった。
ただ現れただけであれば、彼等とて違和感を感じる事は無かっただろう。
その者の身体に刻まれた紋様さえ、無ければ。
「……何だ、それは}
「何、限界を解除しましたのでね。少々寿命が縮んでいるんですよ」
刹那、ゼルとバルドの身体が跳ね上がる。
回避と受撃。それ等が重なった故に、数十の距離を跳ね飛んだのだ。
ただの弾丸ではない。魔力に魔力を加重付与した弾丸。
一発で人体を砕くに余りある威力を放つに違い無く、その速度は最早意識外へ到っていた。
「三つ巴、か}
「成る程、これはこれは……」
彼等は対峙する。
白銀を、或いは紅蓮を背にして、対峙する。
光輝、仮面、双牙。
三つ巴として、彼等はーーー……、殺意の元に。
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