表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獣人の姫  作者: MTL2
決戦・後
638/876

血文字が残す物


【雪原】

《ベルルーク軍・臨時本部》


「……動いた、ね」


雪原の中、数十人の兵に囲まれた臨時本部。

積雪積もり遠景の中に溶け込む幕張。

その中には数人の部下を携えた、一人の男が居た。


「遂に介入してきたか……」


口端に葉巻を咥え、眉間を酷く歪めたその男。

この乱戦の根源にして、ベルルーク軍の長であるその男が。


「如何なさりました、バボック大総統」


部下の問いに彼は答える事はない。

否、部下の問いが彼の思考に入る余地はないと言うべきだろう。

思考ーーー……、既にイーグとスズカゼは戦闘を開始している。

この魔力の奔流は言うまでもなくそれだ。だが、そこはまだ計画の範疇。

問題なのは計画に入り込んでくる蛆虫。災禍を護る者達。


「…………」


戦況は膠着。いや、こちらの優勢であるはずだ。

それを揺らがすのは災禍を護る者達のみ。彼等という不穏分子が、計画を狂わせる。

この世界の、破壊者達が。


「バボック大総統!!」


煙草の先、灰燼が墜ちる。

部下は不快そうに視線を上げるバボックの事など厭わず、彼の元に走り込んできた。

側近達に止められそうになりながらも、部下はバボックの眼前へ両手を尽きて、叫ぶ。


「ワーズ少佐がっ……!!」


「……何?」


ワーズは捨て駒に等しい部隊の指揮を執らせていた。

しかし彼自身が捨て駒であった訳ではない。計画通りならば、ピクノの部隊と合流するはずーーー……。


「未だ息はあります。しかし両足を……!」


「……彼とは私が面会しよう。臨時治療所だね?」


部下が頷くと共に彼は葉巻を灰皿へ押し潰す。

踵を返し、切れる息を治そうともしない部下へ着いていく。

僅かな困惑、僅かな不穏。戦場と同じくして彼の中にはそれが芽吹いていた。

災禍を護る者達のような、蛆虫が如く小さななそれが。



《ベルルーク軍・臨時治療所》


「ワーズ君」


幕を上げ、足を踏み入れたバボック。

彼の視界に映ったのは信じられぬ、しかし必然の光景だった。

その寝台に転がっていたのは片手両足を切り取られたワーズ。

本当に、そのままだった。砲弾で吹っ飛んだとか拳撃でもがれただとか、そんな傷ではない。

元からそんな物など無かったかのように、存在しない。


「何があったんだい」


バボックの問いに答えるだけの体力が彼には無かった。

否、残りの寿命がとすら言える。その男は、最早ーーー……。


「……バボッ、ク、大……、そう……」


自身の口から言葉が出ない。幾ら絞りだそうとしても、動いてくれない。

その様が酷く虚しく、悔しい。酷く歪んだ表情からワーズの思いは汲み取れた。

汲み取れてしまうが故に、彼のその行いは余りに惨い。

自身の傷口を残った片手の指で裂き、血文字を残すその様は。


「な、何を!!」


無論、医療班からすれば信じられない行為だ。

どうにか包帯で縛り付けた傷口を自ら広げるなど、残り少ない希望を、否、残り少ない寿命を殺すに等しい行為なのだから。


「待て、止めるな」


彼は何かを残そうとしている。

恐らく、自分をこんな状態に追い込んだ相手のことを。

ワーズ・ガジェット。彼は強かった。イーグやオートバーンが認める程に。

そしてヨーラが受け取らなかった魔具をも有していたはず。だと言うのに、どうして、彼は。


「……!」


彼の書き表した文字。

荒れた指先でベッドのシーツに描かれたそれは決して綺麗な文字ではない。

しかし彼の無念さと確執が垣間見える程、確かな文字。

崩れゆく腕と共に、その男が、残した。


「……ヨー、ラ……隊……う……」


静かに、然れど猛々しくその男は息を引き取った。

無念を刻み、後悔を掻き毟るが如く口端を牙で切り裂いて。

ただ、何も出来なかった自身のそれを呪うが如く、酷く猛々しい表情と共に。


「……ワーズ君」


バボックは彼の顔に手を添え、静かに撫でた。

皺だらけに歪んだそれは僅かと言えど和らぎ、瞼を閉じる。

想えば彼も虚しき人物だった。尊敬する人を失い、復讐心に駆られ、何も出来ず死んでいった。

余りに無念。余りに、余りにーーー……。


「……」


だからこそ、彼が残したこの言葉を無視する訳にはいかない。

白き布地を掻き毟って残された、彼が無念の内に残した言葉を。

決して無視出来ぬ、その言葉を。


「ーーー……魔剣」


この言葉が出て来た以上、あの伝承を半信半疑で置く訳にはいかない。

全ての事実は出揃った、出揃っていた。ならば、やはり間違いないのだろう。

イーグを災禍と称す者、イーグが災禍と称す者。

人間という枠組みから逸脱した彼だからこそ感じた、それは。


「ネイク大佐、オートバーン中佐に伝達」


バボックは静かに立ち上がった。

その背に負う物は周囲の医療班達を無意識の内に震えさせる。

彼の瞳にあるのは憎悪ではない、憤怒でもない。

一つの決意。否、野望とすら言える。

自分達が存在する世界、それの破壊を阻止すること。

そしてそれに便乗し、世界を手にすること。


「……生きることの、意味を」


刻々と世界は変わりゆく。蛆虫が生えるような憎悪の中へと。

それ等を潰し、歩まなければならぬのは定めだ。

ロクドウが調べ上げ、ワーズが残し、イーグが焼き尽くす、定め。


「示す」



読んでいただきありがとうございました

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ