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獣人の姫  作者: MTL2
決戦・後
635/876

影の中で蠢きて


【雪原】


気付くべきだった。

バルド・ローゼフォンと同時期に動いたデュー・ラハン。

その二人が手を組んでいることなど、気付いて然るべきだったのだ。

目を逸らしていた訳じゃない。思案しなかった訳じゃない。

それでもなお、今この眼前に広がる光景に驚いている自分が居る。

この二人が並び敵対しているという脅威に、恐怖している自分が居る。


「バルドさん、この場は俺に任せて貴方は先にどうぞ。そろそろ頃合い(・・・)ですし」


「そうしたいけど、どうにもね。あの男を単体で相手取るのは[傲慢]だよ」


「それは失礼」


デューは手綱を引くと、彼の駆る馬が嘶きを上げる。

その姿を見ていた兵士ーーー……、ベルルークやサウズ、スノウフに関わらず、皆が恐怖に短い息を漏らした。

首無しの馬が鳴いている、と。それ故に。


「よしよし」


馬の嘶きにデューは籠手を首筋に添える。

その馬に首はない。代わりに蒼黒に猛る焔があった。

言うまでもなく生物ではないのだろう。恐らく、イーグの灼炎の猟犬フレイド・ハンティクズと同じく魔力で形成された生物だろう。

だが、アレはあくまで四天災者である彼の魔力と技術があってこそ成せる技だ。

この男は部分的とは言え、その地点に到っているとでもーーー……。


「さて、それじゃさっさと彼を片付けますか」


「まぁ、言うまでもないだろうけど油断しないように」


「勿論ですよ」


眼光が、ゼルを睨む。

恐怖していた。ゼルは違い無く、怯えていた。

コイツ等は強い。勝てるかどうかすら、解らない。


「ねぇ、ゼル・デビット」


決着は一瞬だった。

その眼球が捕らえるよりも前に、彼の首は撥ね、飛ぶ。


「……え?」


自分一人で勝てるはずもない、と。ゼルはそう思考した。

その通りだ。勝てるはずなどない。

勝負などという綺麗事では、勝ち負けなどではないのだから。

ゼルは勝てない。負けもしない。

殺すだけだ。今し方デューの首音を撥ねたが如く。

自分に出来るのは、戦気に狂った今の自分に出来るのは、殺すだけ。


「だから油断しないようにと言ったのに」


光の軌跡は絶え間なくしてバルドに牙を剥く。

彼は掌を掲げ武器を召喚する隙が無いと判断するや否や退避、ではなく前方へ突進を見せた。

相手の距離感を狂わせ、修正させるまでの一瞬。それがあればーーー……。


「……チッ}


バルドの顔面を、掌握する。

迫る掌と指先の熱度は皮膚を焦がし肉を焼くに充分過ぎる物だった。

即ちゼルは斬撃よりも掌撃を選んだのだ。

それだけでも充分に、殺せるが故に。


「油断するなと言ったのは貴方でしょうに」


首元一閃、大剣の刃がゼルの首根へ放たれる。

背後から高速の一撃。回避出来るはずもなく、彼は真正面からそれを受け、振り抜かれた。

いいや、正しくは貫通したと言うべきかーーー……。その刃は光の果てに消え去っていたのだから。


「……ッ!」


しかし、バルドはその隙を見逃さずに後方へと飛び跳ねた。

同時にゼルの首根へ大剣を放った者も彼と距離を取る。

そんな者達に視線をくれてやる事すらなく、ゼルは自身の首を整えるように何度か筋を伸ばす。


「……奇っ怪だな}


「貴方ほどじゃありませんよ」


首根が撥ね飛ばなかった者、首根が跳ね飛んだ者。

双方、その刃を落とす事は無い。

落とすはずもないのだ。

首が落ちぬ者、首がない者。

彼等が刃を落とすはずなど、ないのだ。


「……人間、じゃねぇな}


「やれやれ、こんな所で暴露する事になるとは思いませんでしたよ」


蒼黒の焔の頭蓋を持つ馬が嘶き、主を瞳に映す。

己の様に揺らいでいようとも己の様に輝きはない。

ただ、闇夜の果てが如く、漆黒。


「まぁ、これで加減なく戦えるという物です」


デューは塵屑のように溶けた大剣の柄を捨てると、軽く膝を折り地へと手を沈め込んだ。

雪地に、ではない。闇の底に、だ。


亡者の黒剣(エピノア・デュファン)


ずるり、と。

影の中から、へどろを纏うが如く引き抜かれし巨大な刃。

それを一言で表すのであれば禍々しいと言う他ない。

心音の中に蠢く蛆虫を放り込まれたかのように、禍々しいと。


「バルドさん、やっぱりここは俺に任せてください。貴方は彼女の所へ」


「……良いのかい?」


「兜が取られた以上、加減する必要性もありませんので」


バルドは一言だけ了承の言葉を残すと、雪地を飛ばすように奔り去っていった。

無論、ゼルとてその様をただ見ている訳ではない。その背を追おうと爪先に力を込めて雪地へと沈めた、が。

察知せざるを得ないーーー……、その気配。

デュー・ラハン。ギルドでも指折りの強者であるこの男相手に油断などするはずもない。

それ故と言うべきか、彼は気付いたのだ。

己に向けられる殺気の異常性に。人間が、否、生物が発すはずもない、その殺気に。


「……天霊か、お前}


{ご名答}


嬉々として、答える。

終ぞ、その者は正体を現した。影で兜を繕い、闇溢るる頭蓋に被せながら。

仰々しく両手を開きて、嗤う。


{永かった! 此所に到るまで、何と永かった事か!! 全ての目的が達せられるこの暇を待ち続けた!! 故に俺は祝福しますよ、この時を!!}


「……テメェは、テメェ等は何者だ}


{災禍を殺す者、ですよ}


刹那、撥ねる。

影なる者のその身を、脚撃が貫いた。

何が起こったのか、何があったのかーーー……、ゼルが理解しようとするよりも前に、その姿が眼に映る。

白き面に己が顔を覆い、その手先に紫透明の刃を纏いし者の、姿が。


「ロクっ……!?}


「この男は俺達が相手する。行け」


その者は、[道化師]はそうとだけ言い残すと白き雪煙の中へと姿を消していった。

何かが蠢いている。自分の理解を超えた何かが。

全てを問うべきだ。知っているであろう者へ、全てを。

然れどそれは許されない。そんな暇はない。

今は、ただ、奔るという選択肢しかないのだから。



読んでいただきありがとうございました

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