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獣人の姫  作者: MTL2
決戦・後
634/876

背を追う者と顔を見た者

「……俺は」


崩壊の槌靴マレット・オーバ・コーレプに特殊な技能はない。

ただ一つ、強化という技能のみしか持たぬ魔具だ。

しかしそれ故にと言うべきか。この魔具を用いた一撃の威力はヨーラのそれを遙かに超える。

跳躍は天に到り、疾駆は音を斬り、脚撃は鉄を潰す。

一発ーーー……、否、擦ることさえ許されぬ必殺の一撃。

本来はヨーラの為に創られた物だ。故に彼がそれを使おうと最大の威力は引き出せないだろう。


「努力した」


だから努力した。

ワーズはこの魔具に適応する為、己の魔術回路を弄った。

三年という月日を鍛錬の為に費やした男の、選択。

急激に魔力を喰らう魔具、身体を潰すほどの負荷。

それに適応する為の、選択。


「解るか?」


大地に墜ちていた。

少女の瞳は薄暗く沈み、その身より溢れ出る鮮血が雪地を溶かす。

勝負は圧倒的だった。最早、相性等という次元ではない。

ファナの視界が捕らえる上限を超え、聴覚が認識する限界を破り。

刹那にして、終わった。


「いいや、解るはずがないな」


ファナは決して弱くない。

然れど、ワーズはそれを上回っていた。

ただ、それだけの事だ。


「……さて」


自身の役割は捨て駒の囮部隊を率いる事だった。

しかし、現状を見れば思いの外、部隊は生存できている。このままならばヤム大尉率いる部隊と合流しても良いだろう。

どのみち自分の役割は果たした。ヨーラ隊長の仇は、討った。

だが戦争が終わる訳ではない。まだ止まる訳にもーーー……。


「チッ」


ワーズの服端を焼く光の砲撃。

だが、遅い。先の一撃に比べれば羽虫さえ撃ち殺せないような遅さだ。

踵を返す彼の瞳にあるのは憤怒と殺意。そして、落胆。


「死に損ないが」


ヨーラ隊長は魔具さえあれば負けなかっただろう。

いいや、無かったとしても負けたのが信じられない程だ。

確かに強かった、だがそれだけだ。

覚悟がある? それが何だ。

信念がある? それが何だ。

意思がある? それが何だ。

この小娘にそれ等があったとして、何だと言うのだ。


「……解ってないのは、貴様だ」


拉げた足を引き摺りながら、ファナは立ち上がる。

裂けた眉間から流れる流血、飛び出た骨など最早見ていられない程に生々しい。

それでもなお、立ち上がるのだ。彼女は。

嘗て笑って逝ったあの女の、名誉のために。


「解っていない? よく言った物だな」


鉄の靴で雪地を払いながら、ワーズの口端は吊り上がっていく。

嘲笑ーーー……。正しくその為に。


「俺はずっと見続けたのだ。あの人の背中をずっと見続けて、追ってきた。ずっと、ずっとな」


一歩。

死に損ないの戯れ言を払うかのように、歩む。


「……ならば、一度でも」


一歩。

最早聞くに値せぬそれを遮るように、歩む。


「あの女の顔を見た事が、あったのか」


一歩。

歩むことは、ない。


「ずっと背中を追っていた貴様は、あの女の顔をーーー……」


一歩、一歩、一歩。


「見たことが、あるのかッッ!!」


一歩、一歩、一歩、一歩、一歩。


「黙れ」


一歩、一歩、一歩、一歩、一歩、一歩、一歩、一歩。


「だァアアアアアアアアまァアアアアアアれェエエエエエエッッッッッ!!」


激昂したワーズの鉄靴が鮮血を踏み躙ると共に、白炎連鎖(シェオ・チェイン)が発動。

初手のそれよりも遙かに媒体が鮮明にて多量故、威力も比例して上昇する。

積雪だけではない。岩盤さえも溶かす、一撃。


「見る理由など無かったッッッッ!!」


だが。


「あの方の背中はッッッッッッ!!」


白炎斬り裂きて、奔る。

踏み込みの一足は少女との距離を無にし、砕く。


「決して揺らがなかったからだッッッッッッッ!!!」


拳撃。脚撃ではなく、拳撃。

ファナの顔面に硬拳が叩き込まれ、彼女の口内を切る。

首の骨々に亀裂が走り、頬の骨は砕け、口端からは黒血の塊が吐き出された。

然れど、墜ちず。


「それがあの女の弱さだと何故解らなかったッッッッッ!!」


涙を流すこともなく、弱音を吐くこともなく、膝を折ることもなく。

あの女は苦痛の中で、苦悶の中で、苦惑の中で、生きていた。

それは強さか? 本当に、強さだったのか?

だとすれば彼女の笑みは何だったというのだ。

彼女の微笑みは、何だったのだ。


「あの方に弱さなど無いッッッッッ!!」


「それこそがあの女の弱さだったッッッッ!!」


黙れと命ず代わりに飛ぶのは拳。

ファナは魔術大砲を放とうと腕を上げるが、最早上げるだけの体力がなく、上げられる状態でないのに気付く。

確かに骨は折れている。飛び出てすらいる。それでも上げられるはずだ。激痛さえ噛み殺せば。

だが、上がらない。原因は解らない、上がらない。


「ッ……!?」


彼女は気付いていなかった。

ワーズの拳撃により、一時的とは言え神経へ障害が出ていた事に。

刹那の世界で微かな麻痺は束縛と同意義だ。

瀕死の状態で、且つ束縛されたまま、攻撃を受ければどうなるか。


「……くそ」


彼女の意識は暗転し、世界は黒へと成り代わる。

白く冷悪な大地に広がるのは、ただ、紅色。

降り積もる雪が示すのは生命の息吹なき指先。最早、命なきーーー……、指先。



読んでいただきありがとうございました

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