蠢きて、嗤う
【スノウフ国】
《城下町・町外れの廃墟》
彼は雪地に膝を、足下に手を突いていた。
その口端から流れるのは紅色の鮮血。周囲に伏すは吹息一つ吐かぬ仲間達。
何が起こったのか、どうしてこうなったのか。
彼は立ち上がるという選択肢よりも前に、延々とその思考を繰り返していた。
繰り返すしか、出来なかった。
「かっ……!」
何故だ。どうしてこうなった。
計画は上手く行っていた。妨害も行えたはずだ。
なのに、どうしてこうなった? 何が起こった?
眼前の本隊はサウズ王国騎士団のファナ副団長がある程度は削ぎ、戦線が激化した今でもなお相手の主力級と戦闘を繰り広げている。
相手側の雑兵とこちらの連合軍にしても戦力的には勝っていたはずだ。
いいや、違う。
勝らされていたのか。
「く……、っそがぁ!!」
彼の、ガグルの使霊である木根霊[ジモーグ]が弾丸を弾き飛ばす。
しかし樹木と鉛玉だ。本体の消耗もあってか、その根は力無く雪地に身を落とした。
限界だ。仲間は死に、腹部には風穴が開き、連中は狙い通りに進軍を行っている。
「愚かだったのは、俺かッ……!!」
ベルルーク軍の奇襲作戦は単純だった。
前戦に数に物を言わせた強大な軍力を置き、スノウフ国の横腹から殴りつける。
ただこれだけの話。ラッカルとゼルが用いた強固な布陣は充分に対応出来たはずだ。
しかし、予想できなかった。ガグルもファナも、予想することは無かった。
よもや奇襲部隊ーーー……、大隊規模のそれを、捨て駒に使うなど。
「がぁ、がっ……!!」
ガグルの口腔から大粒の血が流れ出してくる。
恐らくは肺に血が浸蝕しているのだろう。大粒なのは吐息の泡だった。
重傷、だが致命傷ではない。動ける、まだ動けるはずだ。
ここで止まる訳にはいかない。せめて、ファナに知らせなければ。
連中は大隊規模の第一奇襲部隊を囮、或いは生贄として使い、本命の第二奇襲部隊を後方より進軍させてきている。
自身の妨害を物ともしないのは当然だろう。そもそも部隊が違うのだから。
このままではファナ率いる連合中軍が挟撃される事になってしまう。それだけは、それだけは阻止せねばーーー……。
「……しぶといですねー」
一方、ガグルより数ガロ離れた雪地ーーー……、僅かに盛り上がったその場所には少女含め数人のベルルーク軍兵の姿があった。
彼女、ヤムは命令通りに妨害を企むであろうその者達を狙撃する役目を担っていた。
全てはバボックの読み通り。進軍も何ら問題はない、はずだ。
何故かバルド・ローゼフォンがこちらに着いたと報告があったが、バボック大総統からどうにかしろとの命令は来ていない。
ならばこれも読み通りなのだろうか。尤も、自分が関す事が出来る領域ではないだろうがーーー……。
「ヤム大尉、戦線は硬直状態のようです。双方の指揮官が一騎打ちを行っているからだ、と……」
「あー、ワーズ少佐はヨーラ中佐の事がありますしねー。仕方ないですよー。それより私達の部隊はどうですかー」
「Wis、間もなくこちらの部隊も先遣隊である我々に追いつくはずです。もう一人の部下が偵察にーーー……」
彼の言葉を句切るが如く、その兵士は戻ってきた。
積雪に跡を刻み、物言わず、余程身軽になって。
いいや、正しく言うべきであればそうではないだろう。
その兵士は戻ってきた。積雪に血跡を刻み、物を言うことさえなく、頭一つ分の軽さになって戻ってきた、と。
そう、言うべきだ。
「ふむ、人間にしては中々面白いことを考える」
その男の足跡に雪はない。否、なくなっていた。
一歩を刻む度に何かが雪を溶かす。一歩を残す度に何かが地を斬る。
ヤムだけではない。他の者達にしてもそうだった。
何故この男がここに居るのか、どうしてこの男が兵の首を持っているのか。
それ以前に一つ。確信があった。
死ぬ、と。この男からは逃げられない、と。
「貴様等がこのまま進軍すればベルルークは勝利するだろう。前戦の連合を壊滅させるも後方の本陣を壊滅させるのも意のままだ。大隊を捨て駒にしただけの価値はあろうなァ」
その男が一言一言を紡ぐ度にヤムの背筋に幾多の汗が伝う。
部下からは最早吐息の音さえ聞こえない。息をすることを、忘れているのだろう。
いいや自分も気を抜けばそうなる。四天災者[灼炎]を知らなければ、そうなっていた。
それ程の脅威。この男は、四天災者にさえ届きうる、脅威。
「貴様等が勝利すると言うのなら、それは構わん。そうすれば良い。人の世の出来事に我々は関するつもりはない、が」
嗤う。
黄金を白き雪地に映えさせながら、嗤う。
「争いも共食いも構わん。幾多の命を散らそうと幾多の命を増やそうと構わん。だが、だがだーーー……」
天は、嗤っていた。
その牙は黄金の輝きとなりて、降り注ぐ。
「災禍は、滅せねばならぬ」
ヤムが目にしたのは黒、続きて金色。
小さき、儚き命が散った事など誰が知ろう。
然れど、確かにその輝きは雪地を喰らい爆ぜた。
蠢き、嗤う。災禍を殺す者は、ただ、嗤うのだ。
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