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獣人の姫  作者: MTL2
決戦・後
631/876

戦場に蠢く想い


「はぁああああああああああッッッ!!」


デイジーの振り切ったハルバードがベルルーク軍兵の脇腹を穿ち、裂く。

眼前にて二つの肉塊が疎ら落ちるのを見追いはせず、彼女は背後の兵を斬り伏せた。

右を向こうが左を向こうが前を向こうが後ろを向こうが敵、敵、敵。

幾多を斬り伏せようと迫り来るそれらは止まない。

既に数十は斬り伏せたかーーー……、いや、もしかすると三桁に至るだろうか。

何にせよ未だ戦線は激突中だ。休む暇などない。


「デイジーさん! 俺達の部隊がっ……!」


そんな彼女に駆け寄ってきたのは新米の騎士だった。

見たところ大した外傷などはないが、その表情は今にも死んでしまいそうなほど焦燥に駆られている。

彼をこの場で彼を落ち着かせるのは無理だろう。ならば、その要因を聞き出した方が余程早い。


「どうした、何があった!?」


「お、俺っ、人を殺っ、殺し……っ」


「……戦場だ、仕方ない。死にたくなければ殺すしかないんだ!」


でも、と。

そう言い開けた新米の頭が撥ね飛び、ごとりとその身を雪地に沈めた。

僅かに見えた鮮血が、決定的な答えを示していた。その者が、どうなったのか。


「っ……!」


自分で言ったことではないか、ここは戦場だ。

目の前の仲間は油断したから死んだ。怖がったから死んだ。

眼前で斬り伏せた兵士もそうだ。自分が殺したから、死んだ。


「死ねるかっ……!!」


幾人も、死んで逝く。

この戦場で幾人も幾人も幾人も、死んで逝く。

死なない。死んでたまるか。こんな所で、死ねない。


「はぁあああっ!!」


再び彼女の巨大な刃が振り抜かれ、眼前の敵を切り裂いていく。

鮮血はその頬を、髪を、鎧を濡らし、錆びさせる。

彼女の中の何かを滾らせると共に、錆びらせるのだ。

決して無くしてはいけない、それを。


「デイジー」


ハルバードの豪刃が後方へ振り抜かれようとし、静止する。

本当に腕の筋肉全てを使うかのように、一気に止められたのだ。

当然デイジーの腕は悲鳴を上げて思わず武器を落としそうになるが、彼女の表情には苦痛のそれよりも一抹の安堵があった。

危うく、仲間を斬るところだったのだから。


「サラ……、頼むから今は背後に立たないでくれ」


「あら、ごめんなさい……、といつも通り言葉を交わしたいところですけれど。今は少し急ぎですわ」


「何だ? 何があった」


「フェベッツェ教皇様が目を覚まされて、団長に伝言を、と。私は後方支援があるから貴方に伝えていただきたいのですわ」


解ったと返事を返すよりも前に、デイジーへと銃口が向けられる。

その一撃は彼女の背後より忍び寄っていた兵を撃ち抜き、白煙を振り払った。

デイジーもまた礼を述べるよりも前にサラと視線を交わし、承諾の意を伝える。


「時間がない。手短に頼む!」


「はい。[紅骸の姫]一団を助けよ、との事です」


「スズカゼ殿達を……!?」


いや、当然だ。今までスノウフ国が多大な兵力を持つ、さらにはギルドの兵力まで手中に収めたベルルークと戦って来れたのはスズカゼ率いる[紅骸の姫]一団の妨害があってこそである。

今回の戦線でも協力体制こそ示していなかったが、戦いの場には馳せ参じていた。

結果としてそれはベルルークの企みであったのだろうがーーー……、どちらにせよ味方であろう事に違いはない。

彼女達は一人一人が多大な戦力を持つ。助けて味方に付ければこの戦線も大きく前進するだろう。


「直ぐに伝える! サラ、お前は後方の支援を……」


「いいえ、私も着いていきますわ。幾ら団長と言えど、あのバルド・ローゼフォンと戦いながらスズカゼさんの元まで行くのは難しいでしょうから」


「……解った!」


彼女達二人は雪地を蹴って走り出す。

幾多の屍を踏みつけ、時には仲間の屍さえも、飛び越えて。

ただ雪原の果てにて光唸らせる、その者の元へと。



【雪山岳】


「…………」


奔っていた。息一つ切らさず。

ある騎士が雪原を奔るように、彼女もまた奔っていた。

騎士には焦燥があった。彼女にも焦燥があった。

騎士には不安があった。彼女にも不安があった。

騎士には苦心があった。彼女に苦心はなかった。

あるのはただ歓喜。永きこの時を待ち侘びたが故の、歓喜。


「居るッ……!」


何年? 三年? いいや、もっと永い。

一秒一秒が我が身を裂く想いだった。心を押し潰されそうな、重さだった。

それでも待ち続けた。今日、この時を。

あの時とは比べものにならない力を付けた、覚悟を持った。

故に勝つ。必ず殺す。仇を討つ。

例え己の身を滅ぼす事になったとしても、必ずだ。


「イーグ・フェンリぃぃぃ……!!」


嗤っていた、彼女は嗤っていた。

その牙は雪地に紅色の雫を垂らし、狂気を落とす。

紅蓮の刃は鞘に収まっていれども、狂気の刃は剥き出しだった。

否、隠す気などないのである。それを入れる鞘さえもありはしない。

その刃がヤツの喉元を裂くならばそれで良い。返す刃で自身の喉元を裂くのならばそれでも良い。

ただ殺す。その為だけに。全てを奪った、仲間を奪ったヤツを殺せるのなら。


「それで、良い……!!」



読んでいただきありがとうございました

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