雪原の戦い
【スノウフ国領域】
「くははははははははァアアッッッッッッッッ!!!」
「ぬぅうううううううううううううううぁああああいっっっ!!!」
豪腕、破槌。
双方の衝突が生むのは亀裂のみならず、岩盤さえも抉り返す。
絶対的な力と力の衝突はどちらに優劣を起こすはずもなく、ただ周囲に当たり散らすのみ。
「やるじゃねぇかオッサン!!」
「やるではないか若造ゥ!!」
デモンの爪が刃の鎧を掴み、棒きれを振り回すが如くオートバーンを亀裂の底へと叩き込む。
さらに抉り帰った岩盤は積雪を弾き飛ばして天まで舞い上がり、その中に僅かな白と紅色を見せる。
脳天破損。良くて脳髄圧潰。最悪は頭ごと破壊だろう。
瞬間、デモンは確信した。勝負は決したと。
刹那、デモンは確信した。勝負は決していないと。
「うむぅ、悪くない」
地面へと、そこに叩き付けられた頭蓋へと伸ばしきった豪腕。
それを掌握する巨大な、強靱な掌。
「だが、粗いな」
意趣返しと言うべきか。
デモンの身が羽のように舞い上がり、岩のように亀裂を走らせた。
先程デモンがそうしたように、オートバーンは寝転んだ体制のまま彼を叩き付けたのだ。
「粗くて何が悪い」
意趣返しの意趣返し。
三つ連なる瓦礫の狭間。
「それもそうだのう」
四つ連なる瓦礫の狭間。
剛脚が岩盤を踏砕し、大地へとその身を突き刺した。
決して動かない、決して揺らがない意思を示すが如く。
否、事実そうだ。彼等の脚は動かない。
その豪腕を真正面切って交わし合うが如く、戦乱に魅せられたもの同士が。
「ぎぃぃぁああははははははははははッッッ!!!」
「ぐぅははははははははははははははァッッ!!!」
互いの豪腕が交差すると共に顔面が撥ね飛び、鮮血が砕き割れた岩盤へと飛散する。
その一撃は例え岩石であろうと砕き、鋼鉄であろうと穿つ一撃。
頭蓋や骨肉が耐えられるはずなど、なく。
「良いィィイイイイイイイイッ!!! 一、撃ィッッ!!」
「それでこそよのぉぅううううッッッッ!!」
然れどその者共が揺らぐはずなど無く。
豪腕交差する一撃同士が示すのはただ破壊と崩壊。
そして狂奏。骨が砕け肉が割れ血が飛散し、嗤い狂う奏。
「うぅうぅぅおらァアアッッッ!!」
デモンの昇拳撃がオートバーンの顎を捕らえ、跳ね上げる。
数本の歯と多量の鮮血が天を濡らし、瓦礫の上へと散りばめられた。
然れど止まらず。
「ぬぅぅううううんんッッッッ!!」
跳ね上げられた頭をそのまま鉄槌とし彼の頭突きがデモンの頭蓋を捕らえる。
獣の牙に亀裂が走り鼻腔からは脳が揺られたが故に鮮血が吹き出した。
然れど止まらず。
「ごぉぉるるぅうううあああああああッッッ!!」
「ぐぅうんんんんぅぬぅうううぅうぉッッッ!!」
再び豪腕が交差して互いの頬を張り飛ばす。
嗤いは止まずして奏は呼応する。
彼等の狂奏は決して止まらない。望み願った答えが、故に。
「……あちらは随分と楽しそうですね」
双対の牙は自身の頬から垂れる雫を拭っていた。
紅色の雫。頬の、切り傷。たった一つだけの、傷。
「そうは思いませんか、[操刻師]」
彼の眼前に伏していたのはグラーシャだった。
その四肢を撃ち抜かれ、立ち上がることさえ出来ぬ一人の男だった。
何も出来ずその身を冷雪の中に沈められた、男。
「貴方の魔法は凄い」
ネイクはそんな彼へ教鞭を垂れるが如く、歩む。
緩やかに、背後で抉り返った岩盤の光景など無視するように。
「時間停止、或いは時間操作ーーー……。概念に干渉するなど天賦の才能と絶え間ない努力の賜でしょう。流石は魔老爵の息子だけはある、と言えば失礼かも知れませんが」
牙は指先で回転し、僅かに積もった雪を払う。
確かにネイクの言う通りグラーシャの魔法は途轍もない物だ。
魔術は基本的に現象を起こす技術でしかない。火を猛らせ水を流し風を吹かせ岩を起こし雷を轟かせる技術だ。
魔法もまたご多分に漏れず所詮は現象の範疇を出ない。
所詮は技術なのだ。魔力という動力を持って現象を起こす、技術。
「故に」
技術とは何ぞや。
それ即ち技の術。不足を補う武器となるべき存在。
敢えて言おう。技術に限界はない。それが魔術魔法であれ、自身の物であれだ。
故に、今一度繰り返そう。技術に限界はない。
「私は貴方に勝てる」
幾度の鍛錬を繰り返そうと得ることの出来なかった才能。
魔術を得、業物を得、地位を得、場所を得ても、届かなかった物。
故に磨いた。今ある物を果て無きまでに、磨き切った。
「時間停止の……、中で……!」
ネイクが行ったのは至極単純な事である。
予測だ。自身が動くこと、否、意思すら動かせない時間停止という世界の中でただただ相手の方向のみを予測した。
そして、放つ。双対の牙より弾丸を。
ただそれだけのこと。視覚や聴覚に頼らず、自身の経験則と技術のみで成し得る、戦い。
「今ここで貴方を殺すべきと言われれば、そうなのでしょう」
ネイクはグラーシャの眼前まで歩み、膝を折る。
その膝先に雪地が染みるのも厭わずに、彼の眉間近くへと。
「しかし私には貴方を殺せない。少なくともそれを聞くまではね」
双対の牙は彼の懐へと収まった。
今この戦場で己の武器を収める理由などないはずだ。
命を危険に晒してまで問うべき出来事など、と。
そんなグラーシャの思惑は、続くネイクの言葉で、打ち消される。
「……誰が、災禍なのですか?」




