仮面は戦火に笑う
【雪原】
「前軍ッ! 突撃に備えろ!!」
ゼルの咆吼と共に騎士達は一気に武器を構え、腰を据える。
地平線が動いていると言えば、本当にそのままだ。
視線の先、眼球が捕らえ得る範囲全てを埋め尽くす兵共。
一糸の狂いもない様は正しく機械。否、兵器。
「団長、中軍と後軍に伝達を飛ばしました。我々もいつでもいけます」
「……解った。デイジー、お前は騎士団の奴等を引っ張って聖堂騎士団と協力、ベルルーク軍を迎撃しろ」
「了解しました。団長は?」
「綺麗に並んでくるんだ。出迎えるさ」
かちり、と音がした。
その義手の縛装は解除され、輝々なる光は雪原を照らす。
壁が迫るなら壊そう。ただ一太刀の剣にて切り裂こう。
光の刃はそれに足る。この刃は迫り来る脅威を斬り裂ける。
故に、斬る。我が刃は護る為に在り。
「輝鉄の剣王」
曇天を貫くは白銀。
幾億の徒を切り裂くが如き一閃。
全てを暗い尽くすが如きの、一閃。
の、はずだった。
「封緘せし白銀」
ゼルの輝撃を迎え撃ったのは火炎にあらず、豪腕にあらず、双対の牙にあらず。
或いは雪原、或いは兵共、或いは血肉か? 否。
それはただ白銀。黄金の刃に呼応するが如く、或いは叛すが如き白銀。
唯一のそれに対して幾億という、白銀。
「……この技は」
見覚えがあった。否、忘れるはずとてない。
三年前、否、もっと前から、大戦の時からずっと。
あの国を裏切っていた、サウズ王国を裏切っていた男の、技。
「やぁ、ゼル。……久し振りだね」
微笑む。否、微笑んでいた。
その男は悠然と笑っていた。仮面のような笑みを浮かべていた。
サウズ王国騎士団の者達は誰一人として言葉を発すことは出来ない。三年前の悲劇の時、裏切った男を前にして。
バルド・ローゼフォン。その男を、前にして。
「……お前が、何でここに居る」
「訳あってベルルーク軍に味方をね。まぁ、目的は君達に足止めだよ」
「そういう事じゃ、ねぇんだよ」
その男の眼球を両断する、斬撃。
光も音も、そんな物は彼にとって存在せず。規則や束縛さえもない。
脚を縫い付ける雪原、体力を奪う寒冷、背筋を怯えさせる兵共の壁々。
そんな物さえも、ありはしない。彼にとって、サウズ王国最強の男と呼ばれた彼にとって、そんな物は存在しない。
「この距離を一瞬で詰めてくるんだね、君は」
然れど、届かない。
眼球の隣、目尻近くで震える刃。
それは次空の狭間より現れし一本の剣。
[武器召喚士]なるその者の、技。
「何故裏切った……? あの国を、メイアウス女王を、貴様がッ!!」
「裏切る? それは語弊だね、ゼル。いいや、間違ってはいないが君もまた裏切っているじゃないか」
仮面のような笑みが、鍔迫り合いと共にゼルの眼光へ迫る。
猜疑に歪む彼の口端を笑うが如く、その笑みは揺るがない。
例え全力の光剣を向けていようとも、その仮面は揺るぎはしないのだ。
「君はナーゾルを疑っていた。ただの一介の大臣である彼を」
猜疑の口端は縛られ、目元が迫り上がる。
確かにそうだ。自分はあの男を疑っていた。
裏切りも策略も何も持たない、あの男を疑っていたではないか。
「彼は内部からの闇を探るためにデューを傭おうとしたり、国を裏切った貴族を熱心に取り調べたりしていました」
波紋の広がる水面に一石を投じるが如く、バルドは言葉を続ける。
降り注ぐ粉雪が頬に落ちる。未だ歪む、その頬に。
「その御陰で貴方達の疑惑の目を集めていたようだ。やれやれ、国を憂う勇士だと言うのに皮肉な話ですねぇ。……全ては私の裏切りと策略だったと言うのに」
ゼルの咆吼が弾け、剣を砕く。
僅かに眼横を裂くがそれが決定打とは成り得ない。
バルドは背筋を逸らし切って回避し、その勢いがまま後方へ回転。ベルルーク軍の兵共の最中へと降り立った。
「デイジー! 計画は変更だ!! あの男が出て来た以上、俺が相手をするしかない!! お前達は両翼からベルルーク軍を叩けッッ!!」
彼女が返事を返す間もなく、ゼルはベルルーク軍の兵達の最中へ一撃を放ち込む。
瓦礫が如く弾け飛ぶ兵共の中で彼の一撃を受けるバルド。
例え音速を超える光剣であろうとも、圧倒的な物量を容易く砕く事は出来ない。
「だ、団長の命令を聞いたな!? 我々も征くぞ!!」
困惑が混じりつつも、騎士達は咆吼と共に進撃を開始する。
眼前で戦火を切った騎士に呼応するが如く、その叫びは大地を震わせた。
幾億の足跡が雪原を踏み荒らし、白を潰す。彼等の持つ剣が、或いは銃が、これからそれらを紅く染める。
慈悲はない。あるのはただ戦いのみ。生き残る為の、戦いのみ。
【スノウフ国】
《城下町・町外れの廃墟》
「おい、サウズ王国騎士団副団長さんよぉ」
長ったらしい肩書きで呼びながら、その男は歩んでくる。
廃墟の中に臨時の司令室を作り、地形を頭に叩き込む少女の元へと。
「……ファナで良い、ガグル・ゴルバクス」
「だったら俺もガグルで良いぜ。それより、来たぞ」
彼の言葉通り、地平線には白き雪煙が舞い上がっていた。
獣車を使った突撃部隊ーーー……。前戦を囮にした、奇襲作戦。
しかしこちらは相手の作戦に対応する為の陣形だ。不備はない。
「あぁ、それと愚かにも前戦に裏切り者が来たとか何とかって伝令が来たがよぉ。そいつは強いのか?」
ふと、ファナの指が僅かに震える。
裏切り者と言えば一人しか居ない。そして、それが誰であるかなど言うまでもない。
嘗て自身を拾い育てたあの男。父親代わりだった、あの男。
「知ったことでは無いな」
だが、ファナはその事を言及しようとはしなかった。
自分の役目を知っているから。この場で取り乱そうと、それは何も生まない事を知っているから。
「奴に、笑われる」
「奴?」
「いいや」
ファナは立ち上がり、雪を断つ衣を纏う。
戦争は始まった、血は流れている。
故に戦おう。舐められてなるものか。
あの女が笑って逝ったように、自分もまた悔いなく戦おう。
例えそれがーーー……、幾千の屍の上であろうとも。
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