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獣人の姫  作者: MTL2
決戦・後
620/876

北国に集うべく

【スノウフ国】

《大聖堂・応接間》


「……そうですか、サウズ王国は総攻撃を」


フェベッツェは皺枯れた瞼を伏せ、膝上で交差させた掌を握り締め合う。

未だ聖堂騎士達の呻き声が絶えぬ、その大聖堂の中で彼女が何を思うのかは解らない。

然れどその行商人が呟く言葉一つ一つがまた傷を生むのだと思えば、どうしようもなく心が迫られるような気がする。

いいや、事実ーーー……、迫られている。削るかのように、ずっと。


「こほっ」


フェベッツェは僅かに咳き込み、震える手で自らの口を覆う。

自身の眼前に居る少女が慌てて駆け寄ろうとするが、老婆はそれを軽く片手で制した。


「ごめんなさいね。大丈夫だから」


「な、なら良いのですガ……」


「それはそうとレンさん、ここまでご苦労様でした。どうぞゆっくりして行ってくださいね」


「そんナ、申し訳ないでス。三年前からずっト……」


「貴方は三年前からスノウフとサウズを繋ぐ架け橋になってくれているわ。だから、そのお礼」


慈愛に満ちた微笑みに、ただレンは申し訳なさそうに頭を下げるばかり。

彼女は暫し笑顔を見せていたが、やがて部下の入室と共にレンへ別れを告げ、部下と共に退出していく。


「……申し訳ありません、フェベッツェ教皇。しかし急ぎお伝えする事が」


「どうかしたのかしら?」


「ベルルーク軍が妙な動きを。前線にオートバーンが居ません」


「いつも引っ張ってきたあの男が?」


統率とし、突貫者とし、彼はいつも軍を引っ張ってきた。

あの男が居なければ前線は確実に押し返せていただろう、が。

こちらも前線にはいつもラッカルを派遣している。しかし、彼と拮抗したまま動けないのだ。

確かにラッカルが本気で戦えば前線は破れるだろう。けれども、東のゼルと西のロクドウに並ぶ実力者である彼女が無秩序に力を振るえばどうなるか。

前線は破れる。然れど、その後を考えれば迂闊に取れる手段ではない。

今までは、取れる手段ではなかった。


「……ラッカルとガグル、ダーテンを呼んできてくれるかしら? これからについて話し合いたいの」


「はっ、了解しました」


走り去っていく部下の姿を見詰めながら、ふと思う。

何かが、感じられる。第六感や直感と言えばそれだけなのだろうが、それとは違う何かが。

いつだっただろう。この違和感を感じたのは。いや、異臭とも言えるかも知れない。

鼻を覆っても顔を覆っても消えることのない、異臭。


「……こほっ」


また、咳き込む。

老婆は自身の口元を抑え、僅かに屈み込んだ。

老齢の限界なのだろうか。いいや、まだ駄目だ。

約束を果たすまで、まだ。自分を支えてくれた皆の為にも。

嘗て自分を支えてくれた皆の為にも、まだ。


「……っ」


老婆は首元にある写真の入ったペンダントを握り締める。

若き日を映し出した、その姿。忘れるはずもない、それを。

幼きダーテン、先代の教皇、若き自分、若い男、黒衣で顔を隠した少女。

彼等と過ごした日々を支えにするように、握り締める。


「私は……、教えを果たします」


老婆は静かに歩き出す。

誰も居ない虚空にして白銀の世界を。

陽炎の揺れる蝋燭に影を落として、歩いて征く。



【サウズ平原】


「全員荷物は確認したな!? もうそろそろ出発だぞ!!」


数多の獣車が駐まる草原響き渡る豪声。然れど返ってくる言葉はない。

いつもであれば冗談の一つとそれに連られた笑い声の一つはある物だが、流石に皆緊張しているのだろう。

三年前から居る、ファナ、デイジーやサラ、それに他の数名達なら問題はない。

しかしここに居る大多数は戦場を初めて経験、或いは数回しか経験した事のない者達だ。

ーーー……いや、或いは感じているのかも知れない。

自分達が死地に赴くのだろうという、現実を。


「ゼル、準備は整ったか?」


彼へ背後より声を掛けたのはリドラだった。

リドラは似合いもしない礼儀用の衣服を身につけ、酷く歩きにくそうにこちらへと向かって来る。

そんな彼に思わず口端を吊り上げながら、ゼルは軽く手を上げて挨拶の変わりとした。


「あぁ、充分だ。……それにしても酷いな、それ」


「ナーゾル王の命令でな。激励の意味も込めて、との事だ」


「そりゃ結構な……」


ふと、ゼルの視界の端を通り過ぎる白色。

彼がそちらへ視線を向けると、一本の煙草が目に入った。

大凡、今のサウズ王国の状況から考えれば手に入れられないであろうような、高級品。

だと言うのに、それを差し出すリドラは表情一つとして歪めてはいない。


「……どうしたんだ、これ」


「メイドがお前に、と。倉庫を整理していたら見つけたそうだ」


「ってか、これ俺が前に貰ったベルルーク原産の煙草じゃねぇか。怒られるぞ」


「今はそんな国はない」


結構な屁理屈だことでと毒を吐きながらも、ゼルはそれを引き抜き、口端に咥える。

火は何処かと探すまでもなく、煙草箱に続いてそれは差し出された。

妙に気が利くじゃねぇか、と。その理由など解りきった茶化しにリドラは軽くため息をついた。


「……何か、うん、そうだな」


「何だよ、煮え切らねぇな」


「ここで何かを言うと縁起が悪そうでな。メイドに帰ったら食いたい物を聞いてくれと言われたんだが……」


「お前の料理なら何でも良いっつっとけ。と言うかお前もそういうの気にするんだな」


「当然だ。……うむ、ではこうしよう」


リドラは僅かに唇を動かし、枯れるような声を零した。

それを翻る尾が如く踵を返し、ゼルに手を振りながら去って行く。

その場に言葉と共に残された彼はボリボリと頭を掻きむしりながら、呆れ果てた息を落とした。


「……俺がお前に言った言葉じゃねぇか」


間もなく彼等は出立する。

蒼々と晴れた空の元、幾百の騎士を引き連れて。

白銀降り注ぐ北国へと、進み征くのだ。



読んでいただきありがとうございました

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