閑話[オッサン共の宴]
【サウズ王国】
《第三街西部・食事処獣椎》
「……乾杯」
「これほど頼りない乾杯の音頭が今まであっただろうか」
第三街西部にある、第三街初の食事処、獣椎。
そこには今回の一件で暗躍していた男達の姿があった。
ゼル、リドラ、メタル、バルド。
何とも異質な面子が、月ですら眠るような時間に食事処へとやってきたのだ。
店主の獣人も流石に渋ったが、第三街の恩人であるゼルやリドラの顔を見ると快く店を開けてくれたのである。
そして今、リドラの覇気なき乾杯によって宴は始まった。
「いやぁ、しかし今回の一件は大変でしたね。リドラさん」
「主に何処かの馬鹿共が早とちりしたせいでな……」
「誰のことだろうな、メタル君」
「誰のことだろうね、ゼル君」
彼等の前に運ばれてきたボレー酒。
これは現世で言うビールで、大衆に親しまれている安価な酒である。
金水の白泡の入り交じった様子は正しくビールその物であり味も然程大差ない。
とは言え、この場に居ないスズカゼはギリギリ成人していないのでこの味を知って居るはずもないだろうが。
「つーか、ゼル! テメェ!! 俺を犠牲にして逃げやがっただろ!!」
「枯れた木に実った二つの果実を腐らせるより、一つの果実を切り落としてもう一つの果実を生き存えさせる方が効率的だと思うんだよ、俺は」
「果実が落ちる所か爆散しかけたわ! お前、俺が死んだら葬儀代ぐらい払えよ!?」
「山に埋めれば土葬。ゴミと燃やせば火葬。魚の餌にすれば水葬。どれが良い?」
「いい加減にキレるぞテメェ!!」
「まぁまぁ、二人とも。喧嘩しないで酒を飲もうじゃないか。折角の宴なんだし」
「そうは言うがバルド。貴様がこの様な、しかも第三街に来るとは珍しい。何があった?」
「はっはっは。いや、何。部隊の皆に少し自主訓練を与えてきただけだよ」
「お前、この時間に自主練って……」
「性根の腐った権力に縋る餓鬼共を鍛え直すには充分だと思わないかね?」
「「うわぁ、黒い笑み」」
彼等の会話の合間にも、様々な料理が運ばれてくる。
通常の量の二分の一ほどである、スズカゼ考案のしゃぶしゃぶ。
他にもパリコ草のサラダや竜魚の刺身、ボンボ鳥の焼き鳥など。
如何にも居酒屋臭い、酒のつまみに相応しい料理の数々だ。
「で、結局、スズカゼが……、えーっと、霊魂化だっけか。それになったのを解決する方法は見つかったのか?」
ボンボ鳥の焼き鳥を摘みながら問うメタル。
彼の質問に、リドラはパリコ草のサラダを囓りながら答えを返す。
「解決方法はない。何せ前例のない事象だからな」
「問題とかは? 私生活での不便とか」
「それはないはずだ。基本的に他方面からの魔力供給の回路を断絶、強制的に体内の回路へと繋ぎ直し霊魂化を促進させるのがスズカゼの霊魂化の原理だからな。魔法石を使ったり使われたりしなければ問題はないだろう。本人にもその旨はきちんと説明しているし、注意もするはずだ」
「難しい事はよく解んねーんだけど、要するに魔力を吸収するって事か?」
「あぁ、そうだ。そして吸収し過ぎた場合、本当に人ではない存在になってしまう」
「霊魂化が完全に進行しきった状態だと……、それこそ精霊だな」
「そういう事だな」
彼等の言葉の糸は途切れ、微かな静寂が訪れる。
それはほんの数秒の間だったが、彼等を奇妙な沈黙に陥れるには充分だった。
やがて、その空気が詰まらないと言わんばかりにゼルは声を上げる。
「……しかし今回の一件、妙だな」
「やはりそう思うかい、リドラ」
「だろうな」
「え? 何が?」
一名の馬鹿を除き、全員の意見が一致する。
今回のスズカゼの一件は偶然にも一国で起きた小さな事件に、偶然にも彼女が赴き、偶然にも彼女が現場に一人で向かい、偶然にも彼女が魔法石を破壊するに居たり、偶然にもその当人が特殊な体質であり、偶然にもその体質故に彼女が魔法石の魔力を吸収したのだ。
この偶然が、仕組まれずして起こりえる事が有り得るはずがない。
「そもそも、あの魔法石の一件はクグルフ国長のメメール・フォッゾが起こしたんだろ? じゃぁ、アイツが仕組んだんじゃねぇのか」
「それはない。あの男がこんな事をする利益もないし……、何より目撃情報、らしき物がある」
「らしき物って何だよ……」
「……いや、クグルフ国での魔法石の一件をメメール・フォッゾに唆した人物が居るのだ」
「では、その人物が犯人では?」
「違うんだ、バルド。……記録がないのだよ」
「……どういう意味だね?」
「いいや、正しくは記憶がない……、か」
バルドを始め、ゼルやメタルもその言葉の意味が全く解らない。
記録が、記憶が無いとはどういう事なのか。
だが、それを説明するリドラですら、非常に困惑した表情で居るのだ。
「確かにその人物が彼等を唆し、ギルドの記録まで偽装すると言った事はメメールも覚えていた。他の兵士も同様にな。……しかし、それが男だったのか女だったのか、一人だったのか二人だったのか。体格、身長、性格、声色、外見、地位、出身……。あるはずの記録はなく、彼等に記憶もありはしないという事なのだよ」
「……記憶操作か」
「記憶操作?」
「魔法の一種だ。無論、禁術だがな」
「その悪用性もさることながら、何より使用の危険性が大きい。下手をすれば魔力が逆流し使用者の記憶が吹き飛んだり脳が吹き飛んだり腕が爆散したりするからね」
「そ、そんなに具体的なんだな……」
「それだけ例が多かった、という事さ。世の中には力を得れば試したがる馬鹿も居る」
「バルドの言う通りだろうな。記憶操作なんざ戦争中に使えればどんだけ便利か……、言うまでもねぇだろ?」
「た、確かになぁ……」
「今となってはそんな高等魔法を使えるのは世にも数人程度しか居ないはずだ。……つまりギルドの記録を塗り替えれるほどの地位か権力を持ち、その魔法を使える、若しくはその魔法を使える人物を身近に置ける人間か」
「……そんなヤツ、居るか?」
「どうだかな。考えても仕方ない事であるのは確かだが」
リドラは手元にあったボレー酒、ぐーーーと喉へ流し込み、大きく息を吐く。
メタルが思わず拍手を送るその飲みっぷりは中々の物だ。
「今日は宴だ。ひっく。……少しぐらいならハメを外しても罰は当たるまい」
「よっしゃぁあああ! 呑むぞぉおおお!!」
「いぇえええええええい!!」
「いや、流石にもう日付が変わって数時間経ってますので静かにしようね?」
結局、彼等が家路に就くのは日が昇り始めての事だった。
各自が頭に鈍痛を感じながらふらふらと変える様子は、正しく忘年会帰りのオッサン共の後ろ姿だっただろう。
読んでいただきありがとうございました




