苦悩に眉根を顰む
【サウズ王国】
《サウズ騎士団・本部》
「……どういう事だ」
ゼルは煙草を口端で転がし、白煙を吹かす。
その煙が溶けるような白衣を纏った男は、彼同様に酷く眉根を顰めていた。
それはゼルの問いに宛てた物ではない。ただ、自身が憎悪すべき言葉に。
その唇から零れる、言葉に。
「……ナーゾル王の決定だ」
「解ってんだよ、そんな事は」
「ゼル、解ってくれ。今彼に逆らうという事は国の秩序を乱す事になる。民達も酷く不安を抱えるだろう。……いや、一番不安なのはナーゾル王なのだ」
「だから解ってんだよ、そんな事は!」
ゼルにとってのナーゾルは敵、だった。
国内の、殺し殺されとまでは言わないが、敵だったのだ。
獣人を忌んでいた彼と、獣人を護っていた彼。
二人は敵対していた、が。
「……ッ」
あの男は何処までも真摯である。この国の為に、何処までも。
正直、ゼルはナーゾル・パクラーダという男を疑っていた。
黒尽くめの者達の襲撃や傭兵達の侵入ーーー……、この国の内から手引きしていた者達が居るであろう、一件。
その黒幕はあの男だと睨んでいた。然れど、違う。
全てはバルド・ローゼフォン。奴の仕業だった。
全ては奴が仕組んでいたのだ。何もかも、全て。
「……くそっ」
奴は何処までも真摯だ。だからあの男がこの国の王になる時も反対などしなかったし、推薦すらした。
故に、正しいのだろう。今回の命令も筋が通り意味のある物だというのは解る。
解るから、解らない。これを実行すべきかどうかという選択肢が、どちらを選べば良いのか、解らないのだ。
「対ベルルーク軍戦線に加われ、だと……!?」
戦争終結の先を見れば必然の命令だった。
サウズ王国は国力を失い、今もなお停滞しているような状況だ。
だが、外部的にすれば身分だの出身だのを無視して暴食気味に兵力を増強している今は嘗てよりも強化されたと見えるだろう。
無論、内情は別だ。数こそ増えたが練度は依然に比べ遙かに下がる。
本当に外部的にすれば、と前提条件を付けるしかないのだ。
「今現在、四大国ーーー……、いや三大国になるか。それ等の中でサウズ王国の発言権は二番目に位置するだろう。ベルルークに支配されたシャガル王国を最下として滅ぼされたサウズ王国、現状も戦線を張っているスノウフ国の順だ」
「だからその二番目を確保、或いは一番に成り上がるために再び戦線に上がれ、って事だろ。確かにスノウフ国は四天災者[断罪]を失ったも同然の状況だ。今はもう牽制程度にしかなってない、と聞いているがな」
「……実状はそんな所だろう。[封殺の狂鬼]に蝕まれたその身を戦線に出す自体、相当だがな」
つまりはそういう事だ。
サウズ王国に残された戦力はゼルとサウズ王国騎士団の二つ。
これらを持ってしてスノウフ国と協力体制になれば、充分にベルルーク軍と拮抗し得る。
無論、完全に有利ともなればシャガル王国も狼煙を上げるだろう。
そうすればこの戦争は終わる、が。
「早期過ぎる。確かに立場を考えれば当然だが、そんなやり方をすれば双方に損害が……!」
「ゼル、お前も解っているだろう。これは戦争でありここは国だ。外聞のために犠牲は出すし非情も必然となる」
解っている。今までそうして過ごしてきたではないか。
幾千数多の首を撥ね、幾億無限の雫を滴らせてきた。
今更、何を躊躇する。一度は全てを失った身だ。また失うか、得るか。
そのどちらかでしか、ないはずだろう。
「……暫く、一人にしてくれ」
煙草の先から灰が零れ、白煙と共にその熱を消す。
リドラは何かを言うでもなく、踵を返して退出していく。
軋む扉の音。それが頭痛のように髄へと響き、彼の眉根をより一層歪ませた。
「…………」
今、戦場に出ればこちらの壊滅は免れない。
戦果は出るだろう。だが犠牲も出る。
許容すべきなのか、それすらも。奴等に死ね、と。
そう命じろと言うのか。奴等に、命じろ、と。
「あの、失礼します」
再び髄を叩く軋音。
酷く歪められた眼が映したのは申し訳なさそうなサラの姿だった。
恐らく訓練終わりなのだろう。僅かに紅潮した頬と乱れた吐息を落ち着けながら、ゼルへと頭を下げる。
「……サラか。訓練終了の報告なら、悪いが後で」
「いえ、あの。リドラ大臣との話が聞こえまして……」
そうか、と。粗暴に言葉を切る。
彼女からすれば気になるのは当然だ。何せ、自身の身なのだから。
いや、そうでもなくとも当然だろう。あの話は仲間の死さえも、受け入れる事を意味する。
自分の全てが失われる。また、失われるーーー……。
「……あの、団長。私は受けるべきではないと思いますわ」
「そうはいかねぇよ。どのみち、戦う事にはなるんだ。無駄に民を不安がらせる事はねぇ」
「それにしたって、やっぱり早過ぎです。それにスズカゼさんの事だって……」
「サラ」
刺すような言葉は彼女から言葉を奪う。
申し訳なさそうに頭を下げて退出していくサラに、ゼルはまた自己嫌悪が如く眉根を顰めた。
解っている。やらなければいけない事は解っている。意味も解っている。
ただ、それでも、当然の様に従うなど、自分にはーーー……。
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