災禍とは如何なる物か
【シャガル王国】
《ベルルーク軍本部》
「以上が事の顛末です」
数秒の思考、一言の返事。
如何なる報告であろうと、彼がよくする癖の一つ。
然れど今回もそれが示されるというのが、余りに違和感を感じさせる。
自分の報告は失敗という旨だ。それも今現状最も厄介な件に対しての。
だと言うのに、バボックは何も言わない。一言さえ発しない。
自身の代わりに側近を務めるワーズでさえ、狼狽えているというのに。
「……ふむ」
白煙を、吐く。
いつも通りだ。何ら変わらない。
そう、いつも通り。
「ネイク大佐、君に問いたい」
「Wis,何なりと」
「ロクドウ元大佐とイーグ将軍という戦力がない今、我々はどうすべきだと思うね?」
どうすべきか?
単純に考えればスノウフ国を攻め落とし、四大国を掌握することが第一目標だろう。
その内でもシャガル王国、サウズ王国は既に壊滅も同然、残るスノウフ国のみだ。
だが、そんな単純な話ではない。それは解っている。
彼が、バボック大総統が内に秘めている言葉の意味は。
「……何を、意味するのですか?」
「何、か」
くつくつ、と。
喉を鳴らすかのように、彼は嗤う。
ネイクは問いこそしたが、実際のところ予想は付いていた。
一国の大幹部ーーー……、いや、バボック大総統の腹臣であるイーグ将軍とロクドウ元大佐しか知らない事実というものを。
自分もそういう物があるとしかシラされてなかった、事実を。
彼は今、教えるつもりなのだろう。
「オートバーン中佐は知らない。ワーズ少佐も知らない。ヤム大尉も知らない。……知るのは君だけだ」
「その事実を私に知らせる、のですか」
「時は近いからね」
ワーズは相変わらず狼狽していたが、彼等の雰囲気と言葉から退出という選択肢を取る。
止められない辺りそれが正解なのだろうがーーー……、聞き耳を立てたく思うのは性以前の物があると思う。
尤も、その行動を実行しては軍人として失格故に、肩を落として一室から遠ざかる他なかったのだが。
「相変わらず意地が悪い。……後で彼には煙草と胃薬を届けないと」
「ははは、こんな時だからね。ちょっとした面白さも大事だろう?」
「根源の貴方が言うと説得力がありますね」
全くだね、と。そんな彼の僅かな抵抗さえ通じない。
三年前を思い出すやり取りに大きなため息を落としながらも、ネイクは首元の襟を直す。
こういう時は大体厄介な事を言ってくるのだ、この人は。
いいや、厄介で済めば良い。今回は間違いなく、果てしなく、どうしようもなく、最悪な事だろう。
「……して、その件というのは?」
「まぁ、単純に言えば人類の危機だよ」
眼を、丸くする。
それはあくまで表現であり、実際その表情は内心に押し込めた。
人類の危機とはよく言った物だ。確かに今は人類の危機だろう。この大戦は人類存亡の危機と言っても差し支えはない。
しかし、どうだ。先の皮肉の返しか、確かに根源が言うと説得力が違う。
「人類とは、これまた規模の大きい話ですね」
「あの災禍共はそれに匹敵し得るのさ」
少なくとも奴等はそれを狙っている。
その言葉を推すように、バボックは煙草を灰皿へと押しつけた。
続く二本目を取ろうとするが、制すように飛ぶネイクの眼光。
彼は仕方無く手を上げて取らないという意思を示す。
「災禍、と申しますが。それは具体的に何なのですか?」
「より詳細には解りきらなかった。けれど半分ほども解れば上等さ」
「どういう事です?」
「シーシャ国を知っているね?」
シーシャ国。
中規模から小規模の国でありながら、四大国の戦乱中に盗賊の襲撃を受け、壊滅。
サウズ王国の国領域に属していたーーー……、いや当時であればそうではないが、東付近にあったのは間違いない。
別段珍しい話でもないだろう。当時ならば西にある幾つかの国も被害に遭っている。
「……それが、何か?」
「私はロクドウ元大佐にある件の調査を命じていてね。彼がそれで長期出国をしていたのは知っているだろう?」
「はぁ、しかしそれは他国の動向調査と……」
「名目上はね」
名目上? とあがる声。
バボックはその隙を突いて机の棚に手を伸ばす、が。
それを見逃さない辺りは流石の元側近、と言うべきか。
「ワーズ君は騙せたんだけどねぇ……」
「伊達に貴方の禁煙期間を監視してませんよ。……で、名目上というのはどういう事です?」
「名目上は名目上さ。この件は迂闊に扱えなかった」
僅かに身を乗り出し、バボックは眉根を顰めてみせる。
然れど所詮、それが演出である事もネイクは知っていた。
この人がそんな真面目な表情をするものか。こんなに、楽しそうに嗤っているのにーーー……、と。
「あの国は滅ぼされたのさ。ある者達によって、ね」
「陰謀論、ですか。嫌いではありませんが……」
「きちんと裏も取れている。何せロクドウ元大佐の親族……、先々代の大総統の発言が発端でこの調査は始まったのだからね」
「先々代と言えばまだ大戦中ですが……」
「そう、大戦中にそれは起こった。彼は逃げ延びてきたのさ。神に近付き過ぎた一族の血を残す為に、ね」
ネイクは陰謀論と言った。それは所詮、下らない妄想やこじつけではないかという、未だ述べられぬ言葉に対する牽制でもあったのだ。
然れどバボックがこの場面でそんな風な言葉を言うようには思えないし、何より、彼の表情が楽しそうに歪んでいく様が、最大の証拠と成り得た。
「あの国には密教があった。地下にね、あるんだよ。その密教……、フェアリ教の派生とも言える宗教の壁画がね」
「宗教関連については詳しくないので何とも……、基礎知識だけですが」
「そう、そこは問題ではない。問題はその伝承が事実だった、という事さ」
「……伝承? お伽噺の類いですか」
「だと良かったんだけれどね」
全ては事実だった。今から有り得る事だ。
それを止める為にーーー……、等と悲劇背負う正義の味方振るつもりはない。
ただ便乗したのだ。大国全ての力を掌握し、自分達がそれを阻止する為に。
災禍達を、砕くために。
「これから話すのは人類の命運を賭けた事実だという事を忘れないで欲しい」
そう、釘を刺して。
バボックはくつくつと嗤う。口端を歪めて、嗤う。
とても楽しそうに、嗤う。
「神はね、実在するんだよ」
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