災禍を殺す者
【???】
《入り口》
「おー、お前等。帰っ……」
師匠は帰還した彼等を見たまま、全身の動きを止めた。
いや、正しくは白面を纏ったその男を見て、と言うべきか。
それとも自身の最高傑作を見て止まったと言うべきか。
「……デモン、お前またコイツを戦闘に放り込んだ?」
「いや、そりゃそうだろ。それより[天修羅]の手当をだなぁ」
「放り込むなっつってんだろ!! 保持もタダじゃねーんだぞ!!」
「それじゃ何の為の兵器だよ……」
師匠ことユキバは[道化師]に擦り寄ると全身を撫で回すかのように危機の調子を見る。
傷は入っているし外皮は破れかけているし関節部は軋んでいるし血糊が機器の内部まで入り込んでいるし。
保持どうこう以前に作り替えてしまった方が早いのではと思うほどに、[道化師]の機械はガタついていた。
その事実を前にしてユキバの表情は歪み、と言うよりは最早、無になって。
膝から崩れ落ちる彼を他所に、デモン達は傷付いたシンを背負ったまま奥へと入っていく。
「グラーシャよぉ、お前の魔法でもシンは無理なんだよな?」
「僕の魔法はそこまで万能じゃないんです……。即座にならまだ……、大丈夫ですけど。それにシン君は余り魔法耐性がないから……、逆に悪化する可能性も……」
「俺だったら大丈夫なんだけどなぁ」
「貴方は……、耐性が異常だから……」
やがて彼等は広間へと入っていく。
鋼鉄の、装飾が一切ない広間。温かみなどという言葉とは無縁の場所。
彼等はそんな事に意識はくれず、ただ傷付いた仲間の手当を行うため、さらに奥へ進む、はずだった。
「あら、どうしたの?」
見慣れない、いいや、滅多に見ない一人の女性。
言葉に表しがたい程に美しく、絶世と称すには余りに事足りない。
歩く姿一つ、髪先揺らす姿でさえ人々を魅了するほどの、美貌。
彼等は冷徹な空間に舞い降りた華に一瞬意識を奪われるが、直ぐさま対応に戻る。
「あぁ、えーと、レヴィア、だったな。お前が居るなんて珍しいじゃねぇか」
「ちょっと暇が空いたから、ね。……それより、スズカゼちゃん」
彼女の雪地よりも白く滑らかな手が、少女の華奢な指を握る。
それと同時に彼女の掌にあった僅かな傷は塞がり始め、数分もしない内に衣服へこびり付いた血糊さえ無くなる程に癒えていた。
スズカゼは袖元から先を見回して礼を述べるが、表情一つ変わることはない。
余りに平然、或いは冷め切った少女の表情にレヴィアと呼ばれた女性は物悲しそうに瞳を伏せ、それを誤魔化すように微笑みを浮かべて見せる。
「何だ、回復魔法が使えんのか」
「えぇ、簡単な物だけれど……」
「そこまで治癒させといてよく言うぜ。だったらコイツのも頼むわ」
ぶらんと垂れ下がる青年は今にも死にそうな、と言うよりは既に瀕死の状態だった。
レヴィアはあらあらと上品な慌て方を見せると、彼の傷に指を沿わせて順々に癒やしていく。
それに比例するが如くシンの表情も和らいでいき、やがてはごく当然のように寝息まで立て始める程だった。
「助かったぜ、レヴィア。どうだ? この礼はベッドで……」
「ごめんなさいね、そういうのは興味なくて……」
「だろうな、うん。……何だよ、グラーシャ。睨むなよ」
「そういう下品なのはどうかと思うだけですよ……」
へいへいと言わんばかりに茶化して謝るデモン、そんな彼に呆れるグラーシャ、二人を見て微笑むレヴィア。
平和だった。つい先刻まで殺し合いの場に居たことを忘れるほどに、平和だった。
然れど、それを眺める少女の眼差しに安らぎはない。あるはずがない。
守れなかった光景だ。守らないと決めた光景だ。
今の自分には眩し過ぎる。あの光は、余りに。
あの人は自分のことを太陽だと言ってくれた。けれど、今の自分は何なのだろう。
ーーー……いや、考えるな。考えてはいけない。
また太陽に戻れる日まで、考えるな。皆との日々を取り戻すまで、決して。
「おい、小娘。お前も何か言っ……」
そう言いながら首を回したデモンの眼に映る影はなく。
残されたのは少女の居たであろう、虚空のみ。
本当に詰まらない女になったな、と。彼は眉根を顰め舌打ちをする。
「デモン? どうしたの?」
「あぁ、いや、何でもねぇ。それよりオロチを見てねぇか? あの野郎、今回サボりやがった」
「彼なら用事で私と入れ違いになったの。私もそろそろ戻るから、直ぐに帰って来ると思うわ」
「そうか。次こそ俺が行くぜ?」
「……駄目よ」
それは警告を促すかのような厳しい表情、ではない。
むしろ悲しそうな、今にも涙が零れそうな程に弱々しく、儚い瞳。
流石のデモンもその表情を前に狼狽し、喉を詰まらせる。
「あの災禍は、止められない。幾ら貴方が強くても、絶対に駄目よ」
「……世界を滅ぼす災禍、だったか」
「えぇ。私達では決して殺せない、あの子だけが殺せる災禍……」
自らの言葉が自らの朧心に突き刺さる。
何を言って居るのか、この口が何を述べているのか。
自覚する度に嫌悪する。彼女に任せるしか無いその不甲斐なさを。
自分では器になれない、その悔しさを。
「……グラーシャ、シン君を寝かせて上げて。彼はスズカゼちゃんにとっても、大切な人のはずだから」
弱々しく、微笑む。
グラーシャは彼女の言葉に頭を下げることで従い、シンを抱え上げて奥へと入っていった。
それから間もなく去りゆくレヴィアの背中を眺めながら、デモンは自身の髪を掻き毟る。
それこそまるで、何かへの苛つきを隠すように。
自らへの苛つきか、誰かへの苛つきかは解らない。
然れどその表情にあるのは、ただ。何か、もっと別のーーー……。
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