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獣人の姫  作者: MTL2
決戦・後
616/876

軍、動く

「……ふむ」


ネイクは木々の狭間を掛けていた。

柔らかな積雪が、彼の疾駆に合わせて篩い落とされていく。

彼の下では幾人かの部下も走っており、彼は漸く追いついた、と行ったところだ。


「隊長」


ふと、彼の隣に一人の部下が駆け上がってくる。

手も使わず木々を上り詰める動作に音はない。然れど、その者と違ってネイクの疾駆は酷く辿々しく、一歩奔る度に雪々が落ちた。


「あぁ……、えーっと」


「隊長、こちらです」


その声があって、漸く彼の視線は部下へと向いた。

いいや、その瞼はと言うべきか。視線など今の彼には存在しないのだから。


「まさか、目が……」


「あ、いえ。一時的な物なのでお気になさらず。先の焔にやられたようですね」


僅かに、木の枝を踏み外す。

体勢を崩した彼を部下は急いで支えようとするが、刹那に間に合わない。


「おっと危ない」


しかし、彼は崩れる体を止めようともせずそのまま落下。

踏み外した木の枝を掴んで一回転し、元の場所へ平然と戻って来た。

再三述べるが彼は目が見えていない。ただ音と感覚のみで動いているのだ。

もうこの人を助ける必要はないな、と。部下はそんな風に呆れながら部下は疾駆を続ける。


「あの太刀について知っていますか?」


「[魔炎の太刀]……、イーグ将軍がお作りになった太刀ですね」


「そうです。能力は自身の魔力を消費して火魔術を放つというだけの物ですが……」


アレは最早そんな物ではない。

嘗て、ベルルーク国のアルカーを焼き払った炎。

自分は初めて瞳に映した。あんなに綺麗な炎を、初めて瞳に映した。

誰かを殺す為ではなく、誰かを守る為の炎。例えそれが脅威であれども、守る為の炎。


「……ふむ」


思えば、あの頃から片鱗は見えていたのだろう。

何かに依存すると言うべきかーーー……、守る為ならば他を排除するという片鱗は。

あの時、アルカーを焼き払えなければ彼女はどうなっていたのだろう。

今のように変貌していたのだろうか? 仲間をイーグ将軍によって焼き払われた、今のように。

護った国の将軍に護るべき存在を殺された、今のように。


「……何とも、皮肉な話ですね」


眉根を顰め、瞼に皺を寄せる。

彼女に同情していないと言えば嘘になる。しかし、それが赦される立場ではない。

彼女は[獣人の姫]から[紅骸の姫]となった。守護から殺戮へとその身を映した。

故に、同情など赦されない。彼女は我々の仲間を殺した。

誰かの為ではなく、自己の為にーーー……。


「あの、隊長?」


「……あぁ、そうでしたね。失礼、考え事をしていました」


「体調が優れないようでしたら、一度休息を……」


「お気になさらず。それより話題が逸れましたね」


彼等は疾駆する。何度か枝を踏み外しては元に戻りながら。

決して方向を揺るがすことなく、例えその瞼が閉じられていようとも。

ただ、奔り抜けていく。



【シャガル王国】

《ベルルーク軍本部》


「ーーー……以上が、報告になります」


「そう、ネイクは失敗したんだね」


バボックは白煙を舞い上げ、眉根を掴む。

彼ならばと思ったが、やはり難しい。

連中は常に三人以上で行動する。相当な実力者、三人以上だ。

そしてその中で多く見られるのは[紅骸の姫]スズカゼ・クレハ、[天修羅]シン・クラウンの二人。

[天修羅]だけならばネイクだけでどうにかなる。だが、問題は[紅骸の姫]と他の者達だ。

[破壊者]、[操刻師]、[道化師]、[白縛]。そしてオロチと名乗る大男。

たった七人。たった七人が我々と拮抗している。これは余りに異常と言わざるを得ない。


「忌々しいですな。連中さえ居なければスノウフ国は落とせている。スノウフ国さえ無ければ連中は倒せている。……全く、忌々しい」


「ワーズ君、苛つきは冷静な判断を失わせるよ」


バボックの眼は落ち着いていた。一縷として動きはない。

その奥底にある思考は幾千の経路を辿り、答えを導きだそうとしている。

然れどそれは出ない。あの連中に対抗できるだけの、戦力がない。


「……ふむ、どうすべきかな」


このままでは拮抗するばかりだ。一手がなく、互いに削り合うばかり。

しかしこちらは世界を敵に回した身。いつまでも持つワケではない。

だが、かと言って奥の手(・・・)を呼び戻せば戦争に勝ったとしても意味がーーー……。


「……少し、考えるべきかも知れないね」


この戦乱を壊すワケにはいかない。我々の生きる世界を奪わせるワケにはいかない。

その為には如何なる手段をも投じるべきだ。例え、それが理を壊す物でも。

望まぬ世界なら、壊れてしまえば良いのだから。


「あ、あの、大総統……」


「ん? どうかしたかい?」


「あ、いえ……」


ワーズは思わず喉を詰まらせる。

その男が嗤っていたから、息をする事さえ忘れていた。

余りに禍々しく、余りに楽しそうに。

まるでこの逆境を望んでいたようにさえ、嗤っていたから。


「状況を流転させてはいけない」


流れに身を任せるな。我々は理に逆らっている。

彼の続く声に、ワーズはいつもの返事さえも出来ない。

その男の表情はいつも通りだ。然れど、その最中にある何か(・・)がまだ、歪んでいるから。


「さぁ、理を壊そうか」



読んでいただきありがとうございました

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