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獣人の姫  作者: MTL2
決戦・後
615/876

双対の牙と白銀の刃


弧。

青年を中心とし、白刃に纏われるが如く舞う雪塵。

線。

男の双腕が牙を剥き、銃口が喰らう様に散る雪塵。

刹那だった。彼等の激突は。

刹那にして一度、一瞬にして唯一。


「がッ……!」


鮮血を散らしたのはシンだった。

その肩先を食い千切られ、白き雪地を濡らす紅を零す。


「……ほう」


然れど、ネイクの頬に奔る一閃。

彼も等しく鮮血が散り、衣服に斑点が滴った。


「話に聞いていたより余程……、素晴らしい斬撃だ。芸術の域ですらある」


彼は会話を止めず、ただ手先の動きだけで部下に行動を促す。

指先一つ、掌一つで動く部下は端から見れば見事なまでの駒だ。

尤もーーー……、彼等の中に入れるほどの駒は一つとしてないのだが。


「故に惜しい。魔法や魔術を使わずしてこの域に至る才能はね」


ネイクは銃を翻し、握った。

その持ち柄(グリップ)ーーー……、牙が如き造形の持ち柄(グリップ)を。

いや、牙が如き造形なのではない。実際に牙なのだ。

彼の有す魔具、首狩の双牙(シオ・ファング)

それは双対の銃であり双対の魔具であると同時に、双対の牙である。

獲物を喰らい、噛み千切る、牙。


「その才能が失われるのはね」


弾けて、消える。

一陣の風が雪を跳ね上げ弾ける音と共に、消える。シンの眼にさえもそれは映らない。

一部とは言え、魔方陣を用いた風魔術の補助による高速移動。

人体の摂理など超越するに容易い。


「一文字」


抜刀はない。

ただ居合いの構えのまま、瞼を閉じて動かなかった。

其所に指を添え、足腰を軽く曲げたまま、動かない。

人智を越えた速度で迫る牙に対しても、動かない。

牙が自身の眼球を喰らおうと迫っても、動かない。

その切っ先が眼球覆う瞼に触れた時、動く。


景斬カゲギリ


動いていた。

その場から、一切の動作なく、動いていた。

例うならば、いや、実際、瞬間移動と言っても良い。

刹那の牙と不動の一閃が交差し、火花すら生むことはなく。

否、或いは音すらも。


「……ふむ」


牙と刃は互いに殺し合い、無と成る。

遅れ残った音と衝撃は雪を散らすが、その頃には最早、牙と刃の持ち主は降り立っていた。

鮮血に濡れども、新傷を残さぬ身を持って。


「やはり、惜しい」


同時にシンは踵を返し、返しの刃で斬撃を放つ。

斬撃を放ち、脚を食い千切られた。

その牙によって、弾丸によって。


「がっ……」


いつ、弾丸を放った?

いや、いつであろうと、それが今自身を穿ったのは何故だ?

まさか弾丸が自身の意思で停滞していたとでも言うのか? 確実に当たる為に?

そう因果を定めたとでもーーー……、因果?


「「[不可避の因果(アボカーリ・エズルフ)]」ッ……!?」


「おや、よく知ってますね。そう言えば貴方もシーシャ国での戦闘を経験していたんでしたか……」


ネイクは眼鏡を直しつつ、雪地に向かって弾丸を放つ。

それは曲線、と言うより最早直角だった。

弾丸は有り得ない角度で弾道を変化させ、シンの方を穿つ。

彼の苦痛を声を噛み殺すような悶絶が、積雪を潰す。


「何にせよ、貴方達は少々勝手が過ぎましたね。我々も部外者に邪魔され続けては士気等にも関わりますので……」


眼鏡の硝子が雪地に反射した光を照らす。

銃口は最早、シンの頭蓋に向けられていた。

体の良い説得材料(ヒトジチ)? そんな物ではない。

ただの説得材料(ミセシメ)だ。


「まずは一人、です」


放たれた弾丸、空を舞う身体。

双銃喰らう雪の砲弾。大地を剥き出しにする紅蓮。

それ等は刹那に交差した。

ネイクはシンに向けていた銃口を後方へ向けると共に発射。同時に自身を覆い隠すほど巨大な雪玉を受けて宙を舞う。

然れど彼は、砕けてシンに覆い被さる雪玉ごと青年を撃った。

弾丸は雪を貫き青年の頭蓋へと迫る、が。紅蓮がそれを赦さない。

雪を溶かす焔は弾丸さえも溶かしきり、青年を護る盾となる。


「雪遊びなんざガキの頃以来だわ、やったの。……おい、[道化師]。そっちはどうなっ、って聞くまでもねぇか」


獣は自身の爪で頭髪を掻き回し、大きくため息をつく。

その隣では真っ白な仮面を身につけた男が鮮血を身に滴らせて佇んでいた。

数百に至る鮮血を、その身に滴らせて。


「おー、グラーシャ。お前等の帰り遅いから迎えに来たぞぉー」


「……た、助かりました。デモン、[道化師]」


現れたのは黄金の破壊者と白面の道化だった。

傍目に見ても解る。この二人は違う事無く強い。

ネイクもそれを直感したのだろう。言葉なく残った部下達に撤退の合図を送ると共に、彼等の前へと歩み出て行く。

ただし一切の武装は解いて、だ。


「この人数は流石に分が悪い。今回は撤退させていただきます」


「何で普通に帰ろうとしてんだよ。逃がすと思ってんのか?」


「まぁ、私が殿を勤めますので意地でも逃げさせていただきますよ。……それより、[紅骸の姫]の皆様に少々取引を持ち掛けたいのです。お話を聞いていただけますか?」


ネイクの眉根を擦る斬撃。

それは紅蓮色であり、彼からすれば幾度となく目にしてきた焔であった。

尤も、焔を纏う彼女のその表情は一度として瞳に映した事などないのだが。


「……残念です」


ネイクの遙か後方よりスズカゼの頭蓋を弾丸が貫く。

然れど、その一撃が彼女を傷付ける事は無かった。

黄金の掌によって、握り潰されたが故に。


「……ありがとうございます、デモンさん」


「うるせぇ」


俺はお前が嫌いだ、つまらない女になりやがってーーー……、と。

デモンはそう毒突こうとして、眼前の男が消えている事に気付く。

二重の意味での舌打ちをしながら、彼は手を広げ、全員に帰るぞと言い放った。


「あ、あの、スズカゼさん。すいません、守れなくて……」


「……大丈夫ですよ、私は」


また、笑った。笑っていないのに、笑っていた。

シンは酷く悔しい思いをかみ殺し、拳を握り締める。

無力だ、自分は。何処までも何処までもーーー……、無力だ。




読んでいただきありがとうございました

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