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獣人の姫  作者: MTL2
決戦・後
611/876

横着し停滞す


【シャガル王国】

《ベルルーク軍本部》


「厄介だね」


その男は、息をついていた。

世界に混乱を招いた諸悪の根源である、その男は。

口端に煙草を咥えつつ、白煙を吹かして、ため息を。


「とても、厄介だ」


シャガル王国内にある、ベルルーク国軍の一室。

元は王座謁見の間であり、三年前はただの臨時措置だったその場は。

より強固に舗装され外部から砲弾を撃ち込まれようとも破れぬ、鋼鉄の一室へと変貌を遂げていた。

彼はその奥にある執務用の机の上で、鬱憤の溜まった表情のまま再び息をつく。


「何がです、大総統」


そんなバボックに珈琲を差し出しつつ、問うたのは一人の男だった。

短く纏めた頭髪の脇に剃り込みを持ち、顎には綺麗に整えられた髭がある。

それだけ見れば四十辺りとも思えるが、実際の顔立ちはとても若々しい。

バボックは彼に礼を述べつつ、何かを悩むように軽く首を捻ってみせた。


「あぁ、少佐。……名前は、何だったかな」


「ワーズ・ガジェットであります」


「そう、ワーズ君だ。最近は地位の入れ替わりも激しいからね、階級だけは見れば解るが……」


「三年前の戦い以来、ロクドウ大佐は任務達成の末に戦死……。死体は見付からず凍土の中、でしたな」


「彼はあの場で死ぬことが計画の内だったとは言え、やはり中々に手痛かったね……。無論、ヨーラ元中佐の死も」


その言葉に、ワーズは歯を食いしばった。

否、食い縛るという表現では生温い。それは自身の内で渦巻く何かを噛み殺すが如く。


「実力不足でした」


眼前で、バボックが灰皿に煙草を捻り付けた。

彼はそんな様子を瞼の裏に仕舞い込みながら、懺悔する。

食い縛った歯の根元がみちりと鳴るのを、感じながら。


「もっと、我々に実力があればヨーラ隊長を死なせずに済んだ。あの女、忌々しいファナ・パールズ相手に劣る事も無かった……!」


「……だから君は三年で少佐の地位まで駆け上がった。だろう? ネイク君もそれには驚いていたよ」


「無論です」


瞳に宿るは業火。

嘗て自分の無力が故に守れなかった隊長の背中を追うが如く。

その男の瞳には、復讐の業火が猛る。


「……しかし、照れくさいですな。大総統の懐刀である、ネイク大佐殿に驚かれるなど」


「彼も去年からこちらに戻って来て随分と小言が多くなってね。まぁ、スノウフ国が中々落とせないからその愚痴だよ」


「あの方も苦労なさっているようで。……では、スノウフ国制圧部隊の総責任者はオートバーン中佐に?」


「そうなるね」


バボックは机の引き出しより、二本目の葉巻を取り出そうと手を伸ばす。

しかし眼前の部下が不機嫌そうに目を細めると、渋々その手を引っ込めた。

序でに君もネイクに似てきたね、と。そんな風に零しながら。


「それよりも、問題視すべきはイーグ将軍が未だ行方知れずという点でしょう」


ワーズ少佐は酷く眉根を顰め、口端を落とす。

三年前の、サウズ王国襲撃成功。アレは途轍もない功績だ。

四天災者[魔創]を葬っただけではなく、サウズ王国まで滅亡させた。

このベルルーク軍の歴史にその力だけでなく功績のみを刻むとするならば、間違いなく一番頭に来るだろう。

だが、だがだ。彼は消えた。煙のように、その計画成功と共に、消えた。


「……むぅ」


彼のような、否、数年前まで軍曹であった彼だからこそ解る。

イーグはこの軍の主力だ。自分達が剣の柄や鍔だとすれば、彼は刃だ。

刃が無い剣など、ただの棒きれにも劣る。


「今は情報操作で此所の防衛に付いていると偽っていますが、あの方が居ないと他国に知られればどうなる事か……」


「あぁ、それは問題ないよ。彼は別の任務に動いている」


「……は?」


「彼は別の任務に動いているのさ。三年前からずっと、ね」


ワーズが呆気にとられている内に、バボックは素早く戸棚を開けて締める。

その刹那に彼は煙草を取り出し、手元でこそこそと火を灯し、口に咥えていた。

再び彼が気付いて止めようとしたときにはもうもくもくと白煙が立ち上っていた訳で。


「……全く」


「まぁ、良いじゃないか。私も少し心労があるしね」


「[紅骸の姫]一団、でしたか」


「そう、彼女達だ」


バボックとワーズは共に肩を落としてみせる。

目下、自身達の障害と成り得ている[紅骸の姫]一団。

その戦力は三年前の損失から立ち直ったベルルークに拮抗できる程だ。

何故、連中が自分達を目の敵にするのかは解らない。

正義感の一言で言い切れるような、馬鹿馬鹿しい理由かとも思ったがそれも違う。

奴らに接触した部隊は比類無く壊滅させられるのだ。とても正義感などと言う幻想を持ち合わせる連中が取れる手段ではないだろう。


「確か奴等の首領はスズカゼ・クレハでしたか。嘗て[獣人の姫]とも呼ばれ、ベルルーク国のアルカーを焼き払ったという……」


「人も殺せない甘ったるい小娘だよ。いや、だったと言うべきかな。今では中々の実力者だ」


「その実力者に行軍を妨害されては笑い話にもなりませんな」


「……君は本当にネイクに似てきたね」


彼のため息と白煙が混じり合い、一室の天井へと上っていく。

未だ横着するその者達の悩みの種、[紅骸の姫]一団。

それが如何に影響を及ぼすのか、如何なる存在であるのか。

それは彼等でさえも、未だ知る事は無かった。



読んでいただきありがとうございました

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