残された者達
【サウズ王国】
《サウズ騎士団・本部》
「訪問者?」
山のように積み重なる書類に囲まれた彼に報告された一言。
それは彼、ゼル宛に一人の訪問者が訪ねて来ているという物だった。
メイドは困惑しながらもはいと応え、頬杖を突きながら軽く首を傾げてみせる。
「何でも元ギルドの一員だとか……」
「……ふむ」
ギルド、か。
現状、あの組織に旨みはない。
こういう考え方はしたくないが、現状が現状故に仕方無いだろう。
して、旨みとは即ち組織力だ。
あの組織は三年前のベルルークとの不可侵関係に失敗、結果的に強奪の目に遭ったらしい。
とは言え、鉄鬼の主人やあの町医者、月光白兎の店主達は失敗の話を聞くなり既に退避したそうだ。
なので知り合い同士の心配はないだろう、が。
ギルドという組織自体は壊滅したと言っても過言ではない。
いや、未だ名目上は保っているが、それこそ内面は壊滅的だ。
故に今この場で接触を求めてくるのは恐らくーーー……、同じく衰退したこの国と手を組もうという算段だろう。
確かにギルドの人員力を得られるのは嬉しい。しかし、それ以上にあの組織が抱える食い扶持や無秩序さを考えるとやはり手を組もうとは思わない。
「……それに」
三年経って思うのはあの組織を支えていたのはヴォルグ統括長だった、という事だ。
あの傲慢さの中に圧倒的な支配力とも言うべき何かがあったのだろう。現にギルドに属していた者達は今では野盗紛いの事をしている者も少なくない。
それを纏め上げたあの男が何物だったのか興味はあるがーーー……、死んでしまっては今更でしかないだろう。
「あの、ゼル様?」
「あぁ、いや、何でもない。大丈夫、通してくれ」
「は、はい」
再び思案に戻ろうと、ゼルは自身の眉間を摘み上げた。
只でさえサウズ王国復興で忙しいというのに、その上でギルド責任者、或いは代理者との面会だ。
これ以上仕事を増やしてくれるな、と。
大きくため息付いて前のめりになった彼の体に、砲弾が如き頭突きが一つ。
「ごぶぉっっ!?」
「フェネぇええええええええええっっ!! 止めるのよねぇええーーーーー!!」
ゼルの噴出と女性の悲鳴に近い絶叫。そして子供の笑い声。
続いてメイドのため息と一人の女性の滑り込み土下座。
何が起こったのかと腹に突き刺さった頭を引っこ抜いたゼルの瞳に映ったのは、何処か見覚えのある一人の男の子だった。
男の子は嬉しそうにきゃっきゃと笑いながらゼルの手をするりと通り抜けて、彼の眼前で土下座態勢のまま固まる女性の尻に隠れていく。
「ホント申し訳ないのよね所詮子供の悪ふざけだし出来れば大目に見て欲しいって言うか見てくれないと私の立場が危ういっていうかいやホントにどうしようもなく申し訳ないのよねと誠心誠意……」
「……お前、フレースか?」
土下座から怖々と顔を上げたのは嘗ての[八咫烏]ことフレース・ベルグーンだった。
三年前よりかは少し大人びただろうか。心なしか髪の毛も長くなったように思える。
と言うより母性と言うか何と言うか、母親らしくなったのだ。
つまり、この子供はーーー……。
「ニルヴァーの子供かぁ!?」
「そ、そうなのよね。フェネクス・ベルグーン。フェネって呼んで欲しいのよね」
「お、おぉう」
成る程、何処か見覚えがあると思ったらニルヴァーに似ているのだ。
とは言え、奴ほど無表情という訳でもないから違和感がとんでもないが。
それはそうとして、訪ねて着たのはどうやらギルド関係という事ではないらしい。
少なくとも交渉の場に子供を持ってくる馬鹿は居ないだろう。
……いや、嘗ての四大国会議のことを思えば他人のことは言えないか。
「まさかお前が訪ねて来るなんてな。……今は、あー」
「嘗ての知り合い達のツテで北東に住んでいるのよね。ケヒト先生と一緒にお手伝い兼護衛として生計を立ててるのよね」
「そうか……。それで、用件は何だ?」
フレースは気まずそうに笑みを崩すと、フェネクスを預かってくれないかとメイドの方へ押し出した。
その言葉を切っ掛けにしてフェネクスは楽しそうに走り出すと、メイドは慌ててそれを追いかけていく。
結果としてその一室が静寂に覆われるのに、そう時間は掛からなかった。
「……夫の、ニルヴァーの事なのよね」
こつり、と。
ゼルの指が机を突く。
彼の表情は未だ変わらず、机の歪みを眺めるように冷淡だった。
「彼は貴方達の依頼を受けてから消息を絶ったのよね。この三年間、それについて調べたし、消息も調べた。けれど、一つとして出て来なかったのよね」
ニルヴァーは三年前、ゼル達が依頼した護衛及びスノウフ国への伝令の件を切っ掛けに姿を消した。
彼と共に行動していたシンの生存は皮肉にも[紅骸の姫]の元で確認されているが、ニルヴァーの姿はない。
無論、シンにその理由を問いもした。然れど答えが返ってくる事はなく。
「……解らん。あの時は全てが有耶無耶になった。いや、今もそうだ」
「[紅骸の姫]ね。けれど何であの子が、こんな……」
「さぁな。俺には解らねぇよ」
こつん。
彼は再び机に指を打ち付けた。
解らない。解るはずもない。
ニルヴァーの安否は勿論、スズカゼの行動でさえも解らない。
自分がどうするべきなのかも、最早ーーー……。
「……そう、解ったのよね。お礼を言うわね」
「いや、良い。俺にも責任はあるしな」
ゼルは彼女に良ければゆっくりしていけと言い残し、今一度指先で机を叩いた。
己の心の中にある不穏を振り払うように。いや、或いは。
自身への苛つきを、当てるかのようにーーー……。
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