彼女の居場所は
【サウズ王国】
《第三街東部・ゼル男爵邸宅》
「申し訳ございませんッッッッッ!!」
凄まじい衝突音が鳴り響き、ゼル邸宅の執務室に置かれた机が激震する。
その音と震動の主である女性は机に両拳を置き、頭部を激突させたのだ。
即ち、座ったまま土下座した状態である。
「いや、そこまでしなくても……」
「いえッ! 私は守るべき存在であると誓った貴女を侮辱するに等しい行為をしたのです!! 今すぐ貴女に切り捨てられても文句は言えません!!」
頭を机に打ち付けたまま、彼女、デイジーは謝罪の言葉を叫ぶ。
彼女はスズカゼの無事を確認し、ゼル邸宅に帰宅するなりこの状況へと持ち込んだのだ。
スズカゼを欺き監視していた事を黙っていたのを謝罪するために。
「既に三時間か。粘るな」
「もう聞き飽きたんだけど、帰って良い?」
「ここは貴様の家だぞ、ゼル」
とは言え、その説得も三時間を超せば流石に行き過ぎだろう。
彼女達を心配して、と言うよりは部屋を占領されて仕方なく着いて来たゼルとジェイドですら帰りたくなっている程だ。
一方、もう一人の護衛であるサラは笑顔でメイドの淹れた紅茶を啜っている始末である。
「……まぁ、何にしろ今回の一件は俺とリドラ、そしてバルドが仕組んだ話でもあるんだ。デイジー、お前がそこまで謝り倒す事はないんだよ」
「しかし! 騎士としての信念が……!!」
「心配するな。世の中には女の裸を覗き見た騎士団長も居る」
「……ぜ、ゼル団長?」
「おいジェイド。余計な事を言うな。余計な事を言うんじゃぁない。いやマジで」
「うふふふ。こんな屑が団長なんて世も末ですわぁ」
「サラ! こんなのでも我等が団長だ!! 侮辱することは許さんぞ!!」
「こんなのって言った? ねぇ、今、こんなのって言った?」
「こんなのの話は放って置いて、取り敢えず今回の件についてもう少し詳しく説明して貰って良いですか? こんなの」
「お前等これイジメだぞ! 俺の精神がガリガリ削れる!!」
「貴様の精神はどうでも良いが、ゼル。今回の件については俺も説明を求める。王城侵入に手を貸してくれたという事は少なからず不満があったからなのだろう?」
「……そうだけどよ。説明って言っても、王城でリドラが言った事が殆どだぜ」
ゼルは椅子に深く腰を沈め、説明を開始した。
そもそも今回の一件はリドラの危惧から始まった、と。
彼はクグルフ国の一件からメタルの情報で確信とし、バルドやゼルと協力して護衛と称した見張りを送り込んだ。
ファナが体調不良になったのは事実だが、それも不幸中の幸いだったとの事らしい。
だが、彼はそれでも確証へは足りないとゼルやバルドにクグルフ国で生まれた魔法石の疑似魔法石を用意した物を回収させる。
その魔法石に対し様々な実験を行って、遂に確証を得たのだった。
そして後はリドラが王城で説明した通りだ。
疑問が確信へ、確信が確証へ。
それを女王であるメイアに報告しないわけにもいかず王城での一件が起きた、という訳である。
「だがまぁ、俺達はあくまでスズカゼの正体を知りたいだけだった。あの空気だと本当にお前が国外追放でもされるんじゃないかと気が気じゃなかったんでな」
「それは感謝してますけど……。……あの、もう一人は?」
「メタルなら全ての怒りを被ってくれてる。本当にあの男には頭が上がらないなぁ!」
因みに数時間前には王国騎士団長ゼル・デビットと放浪者メタルが城内でコイントスと共に絶叫していた姿が目撃されている。
賭けに負けたのはゼルだったのだが、彼はメイアにメタルを突き出して逃亡してきたようだ。
スズカゼ達が去った後、サウズ王国の王城にある男の絶叫が響き渡ったのを、ここに居る者達が知る由は無い。
「……と言うことは結局、勘違いが生んだ下らない模擬悲劇だった、と?」
「そうなるな。……ったく、馬鹿馬鹿しい」
「うふふふ。行き違いというのは恐ろしいですわぁ」
この件は結局のところ、デイジーの言う通り、スズカゼの体質から生まれた下らない勘違いの模擬悲劇だったという事だ。
だが、それでも全てが終わった訳ではない。
スズカゼの霊魂化の根本が食い止められた訳ではないのだ。
そして。
「……」
スズカゼは談笑する皆を横目に、ジェイドへと視線を向けていた。
きっと彼も気付いているのだろう。
だが、ジェイドが彼女を見ることはない。
-----闇夜の月光は紅色の大地に降り注ぐ。故に、闇月。
あの男の言葉が耳に焼き付いている。
メイアの述べた言葉も、同様に。
ジェイド・ネイガー。
獣人達の暴動を率いていた、獣人のトップとも言える人物だ。
そんな彼の正体が何であるのか。
どうしてそれをひた隠しにしているのか。
「……はぁ」
自分が、彼の事を気に掛けている状態でない事はよく解っている。
霊魂化。精霊という要素が自分を埋め尽くしていく感覚。
リドラの話によれば魔力により精霊の要素が活性化するのが原因らしい。
ならば、自分はこれからも魔力を受け続ければ本当に精霊となってしまうのだろうか。
本当に、人間ではなくなってしまうのだろうか。
そうしたら、自分は。
ここに、彼等と共に居られるのだろうか。
「……っ」
白と黒が入り交じり。
太陽の光りに月は掻き消されて。
彼等は再び、平穏の中へと身を沈めていく。
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