その組織とは
【???】
《入り口》
「あ、お帰り~」
椅子の脚と自身の脚を浮かせながら、その男は机の前に腰掛けていた。
大凡、そこにあるべきではない、見事に浮いた机の前にだ。
「……またこんなトコに持ち込みおって、貴様」
「良いじゃん。だって一々外に出るまで歩くの面倒なんだよ」
鋼鉄の内装の中、電球らしき物が幾つかある。
それらは薄暗くもスズカゼ達を照らしており、同様に鋼鉄の中で浮いた木造の机とそこに腰掛ける男もまた、照らしていた。
机の上には花瓶と幾多もの本。そして、一杯の緑茶。
「ユキバさん、今度は何を読んでるんスか」
「んぁ? あぁ、ちょっと学術書を整理しててな。ここも、もっと改造してぇし」
それより俺の事は師匠って呼んでくれて良いんだぜ? という続きの言葉は皆に無視され、彼等は奥へと歩んでいく。
師匠ーーー……、ユキバはがっくりと首を落とすと共に再び本へ目を通し始める。
自身が創り出した鋼鉄の世界の、浮いた木造の椅子を揺らしながら。
しぃ、と。歯の隙間から息を吐き出して。
《???》
「……あぁ、お帰りなさい」
「…………」
次に彼女達を出迎えたのは料理を運ぶ二人の男女ーーー……、らしき者達。
一人は沼地のように沈んだ頭髪を纏め、頬に刺青を持つ似合わぬ前掛けを、もう一人もまた包帯だらけの全身に似合わぬ前掛けの前に豪華な料理を抱えていた。
焼いた肉と刻んだ野菜のサラダ。そして紅茶と珈琲。
恐らく量数にして数十人分であろうが、それはひょいと手を伸ばしたオロチによって、少なくとも一人分は減ってしまった。
「うむ、美味い。流石じゃな」
「オロチ様……、つまみ食いはやめてください。我々の分が無くなります」
「[破壊者]の分を無くせば良かろう。あの男は大食い過ぎる」
「……大体、貴方様とあの方のせいで無くなるんですが」
「天修羅も小娘もよく食うではないか」
「それでも貴方様達の半分以下ですが……」
呆れたように刺青の男、嘗て大赤翼に属していたグラーシャ・ソームンは料理を机の上に乗せる。
包帯のーーー……、男か女かは解らぬが、その者もまた料理を机に置く。
皆は料理を追うようにして鋼鉄の椅子を引いて席に着く。
椅子の脚が床と擦れ合ってごり、と音を立てるが、気にする者は居ない。
例え柔らかさや優しさの欠片もない、鋼鉄の机に料理が並ぼうとも。
「[道化師]が見当たらぬが、奴は何処に行った?」
「彼はまた好き勝手動いていますよ。ご飯も先に食べました」
「ユキバもか?」
「えぇ、あの人は[道化師]よりも前に」
オロチのため息を他所に、スズカゼとシンは料理を食べ始めていた。
彼等によって次々と皿の上から消え去っていく料理。包帯の者はそれを絶やさぬように凄まじい速度で追加を継ぎ足していく。
それでもなお、彼等の食事速度は上回るし、その上オロチまで加わった所為で、終ぞグラーシャと包帯の者が口にする料理は無かった。
「……我々の分は作り直しますので」
「も、申し訳ないッス、グラーシャさん」
「シン君……、僕の事はグラーシャで良いよ」
「い、いや、ギルドの時の癖が抜けなくて……」
ふむ、と。
彼等の会話に割って入ったのは未だ自身の皿上にある肉を喰らうオロチだった。
大口で一人分を容易く平らげると、彼は親指で口端を拭いながら少しだけ身を乗り出してみせる。
「ギルドか。あそこは未だ保っているのか?」
「いえ……、話に聞いた上ではもう組織としての体裁は保ててないようです……。ミズチさんも頑張っていたようですが……、やはり三年前のベルルークとの交渉決裂が」
ガタン、と。
鋼鉄の椅子を引き倒すように立ち上がり、少女はご馳走様と小さな声で吐き捨てて自室へと戻っていく。
残された皆は少しの、ほんの少しの間だけ呆然とし、ある事に気が付いて大きく息を漏らした。
「三年前とベルルークはあの小娘の前で言うてはならんだろう、[操刻師]」
「……申し訳ありません、迂闊でした」
「お、俺、スズカゼさんのトコ行ってきます」
「うむ、頼んだ」
続いてシンも退席、包帯の者もまた机の上を片付けて台所の洗い場へと向かって行った。
急に静かになってしまった食卓の中で、残るのは鋼鉄の椅子に巨木の根が如き腕をだらんと垂らすオロチ、そして気まずそうに畏まって両手を膝上に置くグラーシャだけだった。
「……別に貴様が悪いとは言わん。あの小娘が意識し過ぎなだけよ」
「いえ……、口に出すべきでは無かった……。彼女が経験した事を思えば……」
「甘ったるいのう。高があの程度で」
「仲間を失うというのは……」
「解っておる。そんな物、疾うの昔にな」
オロチは鋼鉄の椅子をひょいと後ろへ下げ、頭をボリボリと掻きむしる。
遠ざかっていく巨体に、グラーシャはまたしても畏まる事しか出来なかった。
スズカゼ・クレハ。彼女がどんな人物だったのか、自分は詳しく知らない。
けれど[破壊者]デモンや[天修羅]シンの様子を見れば、酷く変貌してしまった事が解る。
解るからこそ、いたたまれない。
「……鍵、か」
呟きは再び食卓の上に置かれた料理の数々によって掻き消される。
美味そうな薫りと湯気を立てたそれを置き、包帯の者は前掛けを折りたたみながら椅子へと腰掛けた。
「あぁ、ありがとうございます」
包帯の者は何も言わない。
ただ静かに手を合わせ、その料理を摘み出す。
「……はぁ」
グラーシャもまた彼、或いは彼女に従って料理に手を伸ばし始めていた。
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