焔消え去るその時に
【サウズ王国】
《サウズ騎士団・本部》
「状況を報告しろ」
「はっ!」
両足を揃え、勢いよく脇掌を頭に添えたデイジー。
彼女の報告を聞きながら、義手を纏、軽甲を装ったその男は口元を覆っていた。
ベルルーク国軍の進軍とサウズ王国の復旧、やはり双方とも停滞している。
例え三年経過しようとも、停滞は変わらない。
「…………」
そう、三年だ。
サウズ王国の崩壊、ジェイドやハドリーの死亡、バルドやデューの裏切りから、三年。
スズカゼがこの国を去ってからーーー……、三年。
「……団長?」
「いや、何でもねぇ。報告を続けてくれ」
サウズ王国はあの悲劇から半年後、漸く復旧を開始した。
開始こそしたが、その進行率は嘗てに比べて極めて遅い。完全崩壊と共に、他国からの支援がない状況だ。仕方無いと言えるだろう。
だが、同時にこれは国力の停滞をも意味する。現状、この国を支えるのは政ではナーゾル・パクラーダ王、リドラ・ハードマン大臣の二大態勢となっている。
戦力はサウズ騎士団のみーーー……。最早、大国と言えるのは名前と能力だけだ。
いや、それは我々だけではない。嘗てのベルルーク国もまた、同様に。
「以上が報告となります。では、いつも通りファナ副隊長と共に新兵の訓練を」
「あぁ、頼む。……サラはどうしてる?」
「狙撃部隊の訓練を。何か伝言が?」
「いや、何でもない。頑張ってくれ」
「はっ!!」
彼女は踵を返しながら背筋を伸ばして部屋から退出していく。
無様な、装飾一つとしてないーーー……、ただ事務的なその部屋から。
大きさとしては嘗ての彼の邸宅ほどしかない。一国の戦力本部であろうとも。
停滞。嘗てのように、進む事は出来ない。
「……チッ」
現状、四大国は二大国となった。
国力を失って停滞させ、中規模程度と成り果てたサウズ王国。
軍事力という最大の武器を奪われ、未だ続く暴動に国力を削られるベルルーク国。
この二つを失い、そして。
ベルルーク国軍と対峙し続け未だ戦線を維持するスノウフ国。
同じくベルルーク国軍に寄生されつつも資源という武器を構えるシャガル王国。
「戦線の停滞、か」
先に思案していたように、ベルルーク国軍が停滞しているのには理由がある。
叛世組織ーーー……、通称[紅骸の姫]率いる遊撃団の反抗だ。
その者達の戦力は大国にすら匹敵する。少なくともベルルーク国軍を相手取れる程に。
いや、戦力だけではない。彼等が恐れられるその最大の理由は、無慈悲な攻戦にある。
敵であるならば慈悲一つとして赦さぬ、その無慈悲な攻戦に。
「堕ちやがって。あの馬鹿が」
もう奴は[獣人の姫]ではない。
この国で獣人を救い、色々な国で騒動を起こしながら、誰かを救おうとして、仲間を誰よりも大切にしていた、誰も殺さないと誓っていた、アイツとは違う。
アイツはもう、ただの、殺戮者だ。
「お疲れですか」
側からそっと差し出された紅茶。
彼はそこに映る自身の顔を見て、一度眉根を覆い隠した。
何て酷い表情だ。まるで、四国大戦の時のようだ。
今はこんな表情をしている場合ではない。今は、決して。
「悪いな、メイド。……もう手首の火傷は良いのか」
「はい、私もこのぐらいじゃ休んでいられませんから!」
元気よく、彼女は微笑む。
然れどその最中に垣間見える手首の傷は未だ生々しい。
三年過ぎようと、傷は癒えない。
彼女の傷も、民の傷も、皆の傷もーーー……、跡地にある幾千の十字架も。
【荒野】
「ば、化け物ッ……」
ベルルーク国兵士は、ただ一言そう述べた。
その言葉は空を舞い、同時に遺言とも成り果てた。
血液はない。紅蓮の刃により、肉が焼き切れたが故に。
「これで終わりかのぅ」
巨漢の男はその大掌にある頭部を握り潰し、脳漿と骨の破片、赤黒い血液を頬に被る。
然れど羽虫の羽音が如く、気に掛ける事すらない。
どのみち今更だ。この幾十と広がる屍を前にすれば、たった一つの遺骸など。
「天修羅。そちらは終わったか?」
「……あぁ、終わった。スズカゼさん、お怪我は?」
「ありません。天修羅、貴方は?」
「いえ、俺もないです」
天修羅と呼ばれた男はその身に降りかかった肉と骨の欠片を払い除ける。
同時に白銀輝く刃を鞘へ収め、足下の死体を踏み越えて彼女の元へと歩んでいった。
最早、表情に光一つすらなく。その背まで伸びた艶やかな頭髪を揺らす、彼女の元へと。
「スズカゼさん、背中に傷が……」
「……あぁ、いつの間にか喰らってましたか」
彼女はその華奢で、陶磁器のように白い指を傷口へ這わす。
例うならば不死鳥だろう。正しく火炎は傷口を喰らうかのように拭い去り、後にはその存在すら残りはしなかった。
血液も、裂傷も、痕跡も。
「次、征きましょう。早くベルルーク国軍を壊滅させないと。皆を生き返らせる為には奴等が邪魔ですし」
「……三日前から不眠不休で何も食べてないじゃないですか。そろそろ休んだ方が」
「休めませんよ。もう三年も経った」
彼女は死体共に見向きもせず、歩いて征く。
紅蓮の焔を背負い、燃え果てる業火に影を映し。
ただ、迷い無き足取りで、骸を超えて。
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