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獣人の姫  作者: MTL2
決戦・前
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悲痛にて悲嘆なる慟哭


【平原の洞窟】


「……以上が、私の知る限りの顛末だ」


言い終えたリドラの手の内にあった陶器は既に空となっていた。

端には渇いた黒がこびり付いており、最早潤いすらない。

ゼルの持つそれもまた、雫が滴る程度で最早一口として無かった。


「目撃者の情報を統合した結果だ。多少の違いこそあれど、決して間違いではないだろう。尤も、彼等の遺体すら回収出来なかった我々がそんな事を言う権利などないのだろうがな……」


「……いや、この現状を見れば尚更だ。それから、どうした」


「イーグは周囲を破壊し尽くした。あの残骸を見れば結果は言うまでもないだろう」


「ジェイドについては、解った。だがバルドやデューが居ながらにここまで被害を広げさせるとは思えねぇな。あの二人はどうしたんだ」


リドラはか細い指で陶器の持ち手を握り、歯を食いしばる。

心なしか包帯に巻かれた彼の顔が、酷く歪んだようにさえ見えた。

それがこれから続くであろう言葉に対しての、応えであるかのように。


「……ベルルークに内通していたのだ、あの二人は」


鉄の義手の元より、白色の陶磁器が砕け落ちる。

表情は阿修羅が如く歪み、牙は自身の物を砕かんがばかりに剥き出しにされた。

それは憤怒や驚愕ではない。最早、それすら超えた、何かだった。


「デューは、ギルドの一員だ。金が動けば有り得るだろう。あの男の性質ではなく、奴の在り方だ。それは解る」


未だ表情は戻らない。

修羅が如く、歪む。


「だが、バルドは、バルドは本当なのか。あの男はずっと尽くしてきたんだぞ。メイアウス女王に、ずっと」


「……生き残った王城守護部隊の一員からの報告だ。ジェイドが奇異なる騎馬を操るデュー・ラハンと対峙していた時、その背後を刺したのは奴だった、と」


言葉は出ない。ジェイドの遺体を見れば、解る事だった。

奴の背中を穿っていたのは億千の刃だった。様々な武器だった。

そんな事が出来るのはただ一人だろう。武器召喚を獲物とする、奴のみだろう。


「今の話は本当ですか」


そんな彼等の背後に立っていたのは一人の少女だった。

泥を塗り込んだような衣服の汚れを物ともせず、ただ平然と立つ一人の少女だった。

然れど、その表情はーーー……、立ち姿こそ平然であれども、その表情は酷く冷淡。

一切の表情を失ったかのように、凍り付いていた。


「デューさんとバルドさんが、ベルルークに内通していた、と」


「……あぁ、間違いない。元より自身と同じく四天災者であるメイアウス女王との戦いに単身乗り込むはずなどなかった。いや、バボック大総統がそれを許すはずがない、と言うべきか」


「あの二人はずっと、知っていたんですか。ずっと内通しながら、この国を、見ていたんですか」


「恐らくは黒衣の者共や傭兵達のような国賊の侵入もまた奴等の手引きだろう。……考えてみれば条件に当て嵌まっていたんだ。この国の情報を操れる重鎮であり相応の私財を有している者として、な」


そうですか、と。

酷く覚めた声で彼女は頷く。

つい先程までの悲嘆など全て捨ててしまったかのように、冷徹に。

否、全ての表情を氷面下へ置き去りにしたが如く、冷悪に。


「……待て」


再び、彼等の会話は遮られる。

然れどその会話を遮った声は先の少女に比べ、酷く震えていた。

当然にして必然だろう。余りに、困惑せざるを得ない。

同じ立場で働き、同じ立場で女王を支えてきた者として。

それは余りにーーー……、困惑せざるを得ない事実だったのだから。


「あの男が、そんな事をするはずなどないだろう」


その者は、酷く太ましい腹を揺らしながら、歩いてきた。

汗ばみ、全身の擦り傷など気にする暇もなく。

息を切らしながら、目の下の隈を残すがままに。


「……ナーゾル大臣」


「あの男は確かに底の見えない男だった! しかし、あの男は民のために真摯であり、民のために尽くせる男だったのだぞ!? その男が内通!? 有り得るはずがない!!」


「しかし、大臣。これは純然なる事実でして……」


「馬鹿を言え、リドラ・ハードマン子爵!! 第一、元はと言えばそこのゼル・デビット男爵とスズカゼ・クレハ伯爵、そしてファナ・パールズ子爵がこの国から離れなければ良かったのだ! 高が小娘の不安程度の為に戦力を裂くべきではなかった!!」


「お言葉ですが、大臣。それは元より無理という話です。我々は未来予知など……」


「そうであれば! そうであったならば!!」


大臣は膝から崩れ落ち、醜悪に泣き叫ぶ。

涙や鼻水を垂らし、自身の不浄を構うでもなく。

ただ、叫び、慟哭する。


「民が傷付くことなど、無かったのに……!!」


心からの、叫びだった。

ナーゾルという、間違いなくこの国を支え、この国で生きてきた男の、叫び。

理論性も道理も通らない、子供の我が儘が如き言葉だという事は解っている。

それでも、それでもなお、許さずにはいられない。

許せるはずなど、ない。


「……出て行け、スズカゼ・クレハ。お前は厄災を呼ぶ」


彼は眼前で冷悪な表情のまま佇む少女にそう言い放った。

誰もがそれに叛しようと身を乗り出したが、否定の言葉は出ない。

その男の表情は、余りに、それ程に、悲痛だった。


「解りました」


少女もまた、叛しようとはしない。

ナーゾルの申し出を彼女は易々と了承したのである。

彼女にはそれを了承するだけの、理由があったから。

全てを翻すに事足りる、理由がーーー……。



読んでいただきありがとうございました

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