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獣人の姫  作者: MTL2
決戦・前
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灼炎は進む


《王城・東門》


「止まれ!! これ以上進むことはっ……!!」


王城守護部隊の兵士は槍を構え、その男に刃を向ける。

然れど、必然。彼は、イーグは魔力の一旦さえも、否、魔力を発する事さえ無く。

吐息に等しい無意識の漏洩。その魔力で、兵士を焼き殺す。否、門さえも。

今までそうしてきたように。此所に至るまで三つの門を、焼き尽くしたように。


「……ふん」


視線さえくれてやる事はない。

眼前へ進む。自身の目当てがある、眼前へ。

邪魔をする物は焼き尽くす。例え何人であろうと自分を妨げる事は出来ない。

出来るのは、ただ一人。自分の渇きを癒やしてくれる、たった、一人のーーー……。


「行くのか」


いいや、嗚呼、そうだった。

もう一人、居たか。もう一人だけ。

それ(・・)を持つはずもない、男が。


「……メタル、か」


その男は王城の入り口にもたれ掛かり、腕を組んでいた。

決して彼を止めようとする意思は見せていない。然れど、イーグは立ち止まった。

この国に踏み入って二度目の停止。闇月と対峙した時と、今と。


「久し振りだな。いつ以来だよ。四大国会議以来か?」


「……そうなるな」


「あの時みたいによ、また皆で集まって馬鹿出来りゃそれが一番だ。そうは思わねぇか?」


「思わんな」


「だろうな、お前はいつだって……。いや、言うだけ無駄か」


漸く壁面から背を離し、彼は歩き出した。

黒煙放つ第三街へ、その脚を向ける。

サウズ王国を滅すに余りある術を持つその者に触れることさえ、なく。


「止めないのか」


「無理だろ。俺にはこれしか能がねぇ」


そう言って彼が掲げたのは一つの腕輪。

深淵(アビス)の腕輪ーーー……。彼が唯一持つ魔具。

全てを深淵の無に封じ収める魔具。彼の、ただ一つの鞘。


「俺は力がねぇ。お前みたく何かを決断する力がな。いつだってフラフラしてよ、今だってこの国に根を下ろす決意も出来ねぇ。何も、決断なんか出来ねぇ」


「だとすれば、どうする?」


「一つだけ、失いたくない物がある」


その為に俺は行くよ、と。

お前を止める決断は出来ない。けど、失いたくないから。

今の平和を。皆で馬鹿出来る今のような平和を失いたくないんだ、と。

彼はそう言い残して、歩き去って行く。その男に視線すらくれてやる事はなく。


「……脆弱者め」


イーグは侮蔑するように吐き捨てた。

確かにそれしか能の無い男だ。せめて、もっと強い男ならば。

何かを貫き通せる男であれば、少しは癒やせたかもしれない物を。


「いや、違うな」


奴は貫き通している。

然れど、それは、やはり余りに、脆弱で。


「違う」


繰り返し、否定する。

あの男ではこの渇きは癒やせぬ。決して、癒やせるはずなどもない。

必然、一人しか居ないのだ。甘ったるい情けなど持ち得ぬ、あの女しか。

自身の灼炎すら焼き殺す、あの女しか居るはずなどないのだ。


「なぁ……、メイアウス」



《第三街東部・ゼル男爵邸宅前》


「ッ……!」


舞っていた。

ジェイド・ネイガーは空を舞っていた。

闇月が白く青い空の中を、舞っていたのだ。


「来る、かッ!」


空を浮く彼に充分な斬撃は出来ない。

振ったとしても空を切り裂く程度だろう。

その程度でこの獣共に充分な一撃など与えられるはずもない。故に。


「くゥッッ!!」


回った。彼はその場で落下と共に回った。

全身を捻り切らんがばかりの回転により、斬撃に遠心力を与えたのだ。

通常であれば目が回るだけだったり、狙いが逸れるだけだろう。

然れど闇月たる彼は如何なる状況でも殺し(・・)を行ってきた存在だ。

闇夜に浮かぶ月と、恐れられる程に。


{ガッ}


対の獣、一振り。

紅蓮の獣、その世界は二つに割れる。

頭蓋を両断した斬撃は獣のみならず、同じくして世界を斬った。

崩れゆく建築物の最中、残る獣は瓦礫の中を翔け、地に白煙を巻き上げ降り立った物へ牙を剥く。


「舐めるな」


獣の口腔、生物であれば臓腑に位置するその場に、一閃。

ジェイドは燃え盛る顎を掴み、首筋より少し前に一閃を放ったのだ。

当然、その腕が無事であるはずなどない。燃え猛る血肉が焦臭を放ち、黒毛が散るかのように黒色の煙を上げる。

然れどそれも、自身が切り伏せ獣が猛った建築物の、黒煙の中へ消えていった。


「ッ……」


どうにか、殺せた。

代償は腕一本と片足の裂傷。

この程度ならまだ動ける。まだ立ち止まる訳にはいかぬのだ。

まだ、自分はーーー……。


「……仕掛け、か」


奇しくも、悔しくも。

あの男は自分の実力を認めていたのかも知れない。

それは殻だった。或いは卵だった。

たった二匹の獣。四天災者が、自分に残したそれは、殻だった。卵だった。

結局、決死の思いで倒した獣も罠だったのだ。奴は、イーグ・フェンリーは、四天災者[灼炎]は自分が獣を倒すことを前提としていたのだろう。

然もなくば有り得る物か。こうして、眼前に幾百の獣が居ることなど。


「ふぅーーー……」


大きく、息を吐く。

如何に足掻こうと四天災者に勝てるはずもない。

幾ら実力を付けようと、名刀を携えようと、経験を積もうとも。

文字通り次元が違うのだ。自身の足掻きなど奴等からすれば髪先を揺らす微風にもならないだろう。


「だが、だ」


稼ぐ程度なら、やってみせる。

民が逃げる時間を稼ぐ程度なら、成してみせる。

闇夜に浮かぶ月が、光を見たのだ。

故に斬ろう。故に翔よう。

この刃、闇を切り裂き業火を薙ぎ払う為に。



読んでいただきありがとうございました

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