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獣人の姫  作者: MTL2
決戦・前
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滅びの回録

「悪いな、こんな不味い珈琲で」


「……いや」


リドラが差し出した珈琲は、一目見れば下手くそな淹れ方だというのが解る。

表面に未だ粉が浮いてるし、珈琲自体も酷く濁っている始末。

薫りだって充分じゃない。当然、味も。


「メイドが元気なら、もっと美味いのを淹れてくれたんだろうがな」


メイドは寝込んでいた。

元より襲撃による傷もあったが、それ以上に洞窟へ避難してきてから人々の手当をした疲れが彼女に病をもたらしたのである。

無論、そこまで重い物ではない。風邪程度と言った所だろう。

しかし、この状況と環境、そして何より精神状態が、彼女の症状を悪化させていた。


「……生きてるなら、それで良い」


「そうか」


彼等はほぼ同時に不味い珈琲に口を付ける。

そして、それを切っ掛けとするかのように、雫を垂らすが如く。


「……始まったのは、数日ほど前だ。いや、もっと前だったのかも知れないがな」


彼は語る、何があったのかを。

何が、起こったのかをーーー……。




【サウズ王国】

《第三街東部・ゼル男爵邸宅》


「……ゼル達が出立して暫くだな」


リドラは珈琲に口を付けながら、酷く曲がった背中を僅かに伸ばした。

彼の眼前で珈琲を啜るジェイドは彼の表情に呼応する如く、酷く眉根を寄せる

尤も、彼等の耳に聞こえてきたその情報からすれば当然、と言ったところだが。


「西国で戦争が起こす、か」


「情報の伝達速度からすれば起きた、が正しいだろう。貴族達や第二街の民の中には既に国外へ出た者も居るというではないか」


「……うむ」


「お前が何を不安視しているのかは大体想像が付く。まぁ、あの面々であれば心配は要るまい」


「それはそうだろうが……」


一抹の不安を飲み込むように、ジェイドは珈琲を流し込む。

彼女達の実力があれば確かに心配は要らないだろう。

しかし、やはり、不安はーーー……。


「お二方!! 大変です!!」


突然の大声にジェイドとリドラは視線を向け、台所を掃除していたメイドは思わず飛び上がる。

続くようにドタドタと騒々しい足音を持って、背中にハルバードを背負った女性が奔り込んで来た。


「で、デイジーか。急にどうした?」


「外を、外をご覧下さい!!」


彼女の焦燥に背を押されるが如く、彼等は窓から外を覗き込んだ。

光の反射が瞳を狭めるが、やがて目が慣れた頃に飛び込んで来た光景は思わず疑い尽くしてしまうほど、異端だった。


「イーグ・フェンリー、だと……!?」


「馬鹿な、どうやってこの国まで……! 大国三つの国領域で探知されず来るなど不可能だ!!」


「だが来ているのには間違いない……! リドラ、民を逃がせ! 私は奴の相手をする!!」



馬鹿を言え、だとか。相手は四天災者だぞ、だとか。

そんな静止の言葉を掛ける暇もなく、ジェイドは刀を持って窓から飛び出していった。

その後ろ姿が最期の姿である事など、解り切っていたはずなのに。


「……メイドっ! デイジー!! 騎士団に避難誘導を命じるんだ!! ジェイドが稼いだ時間を無駄にするな!!」


最早、慌てる暇さえ無かった。

彼女達は全てを放り投げんがばかりの勢いで走り出し、邸宅の外へ出て行く。

リドラもまた、この事態を収束させるべき力を持つ人物の元へ、奔り出していた。

あの四天災者という天上に唯一対抗できる、その者の元へとーーー……。



《第三街東部・ゼル男爵邸宅前》


「……ふむ」


平然と、歩く。

その者の顔を知らぬ者達は一瞬だけ奇異な視線を向けるが、所詮は背景と同じように溶かすばかり。

平然と、歩く。

一歩一歩の足取りが何ら変わらない。まるで物見遊山でもしているかのように、何ら変わらず。

平然と、歩く。

その男に殺気は無かった。その男に威圧は無かった。常人が雲の上に、空の果てにある者など見えるはずも無いのだから。


「[灼炎]……ッ!」


「……[闇月]。久しいな」


「この国を、滅ぼしに来たのか!?」


「馬鹿な。形あるものは必ず滅びると言うだろう。ただ、今がその時だと言う事だ」


イーグの軍服の裾が浮く。

風ではない。蒸気と威圧による、具現化した殺意。

殺意は猟犬となりて、灼炎の牙を剥く。

獣より猛々しく、人より禍々しい、牙を。


「止めてみろ。我が渇きを、癒やしてみろ」


そう言い残し、イーグは平然とジェイドの隣を歩き去った。

彼がそれを止めることはない。否、出来るはずなどないのだ。

この猟犬、使霊だの仮造の命だの、そんな次元ではない。

一匹で幾千の兵士に値するーーー、逸脱した存在。

ただの欠片。四天災者が少し魔力を与えてやっただけの、欠片。

にも関わらず、視線さえ逸らせぬ程の、威圧。


「ッ……!」


去り行く足音、街に波紋する悲鳴、自身の頬を伝う汗。

全てに毛先を逆立たせながら、ジェイドは黄金の隻眼を見開いていた。

この獣には手加減などなく、慈悲など一切無い。

正しく、殺戮の為だけに用意された兵器のようだ、と。


「……だが」


守らねばならぬ。

此所は、姫が帰ってくる場所だ。

ゼルが帰って来る場所で、ファナが帰って来る場所だ。

皆が、帰って来る場所だ。


「ーーー……来い、贋作の獣よ!!」



読んでいただきありがとうございました

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