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獣人の姫  作者: MTL2
決戦・前
598/876

彼等にとってその者は


【スノウフ国】

《酒場・白雪》


「これが彼女の、人生です」


言い終えたネイクは、一息ついてから手元にある水を口へ運ぶ。

然れど、喉にある鉄臭い塊を胃へ流し込む事を嫌うかのように、彼がそれを飲むことは無かった。


「……そんな、事が」


ピクノはただ言葉を失う。

彼女の中にある脅迫概念を、或いは束縛を。

いいや、今ではもうあった(・・・)と言うべきだろう。


「失礼します、少佐」


最中、一室の中へ重々しい表情をした兵士が入ってくる。

彼は何かを察したのだろう。まず未だ困惑するピクノを元の場所へ戻すように命じ、それから数分ほど経ってから、漸く息をついて兵士へ報告を問うた。


「先程、獣車で南国との連絡係を取り持っていた兵士から報告が。道中でヨーラ中佐の部下と合流し、そして」


「何があったのです」


「ヨーラ中佐が死亡した、と。報告を受けたそうです」


大きく、眼鏡の下の瞳が見開かれた。

喉に鉄の塊ではない何かが詰まり、迫り上がってくる。

ネイクはこうなる事を知っていたはずだろう、何を今更哀しむ事がある、と。

そう必死に自身の感情を抑えるが如く、全身の力を抜いて大きく息を吐き捨てた。


「……状況は?」


「サウズ王国王城守護部隊副隊長ファナ・パールズとの戦闘にて、だそうです。最後は中佐自身が部下に撤退を命じたそうです」


「あの人らしい」


水を、飲む。

喉にある鉄臭い塊を飲み込むことすら厭わず。

それ以上の、何かを飲み込むために。


「ロクドウ大佐は見付かりましたか」


「見付かっては居ません、が。四天災者[断罪]があの方の結界によって閉じ込められているのを確認しました。半径数百ガロに近い……、計画より巨大で強固な結界かと」


「ふむ……」


「ただ、国境線で戦闘があったとも報告を受けています。我々の兵士が行った物ではないので、もしかすると、と言った所ですが……」


「……まぁ、あの人に関しては帰還を待ちましょう。他に報告は?」


「Wis、オートバーン大尉率いる大隊は依然として拮抗中だそうです。やはり[精霊の巫女]の存在が厄介なようで」


「こちらからも、さらに増援を送った方が良さそうですね。……やはり、そろそろ私も戦線復帰すべきですか」


ネイクはベッドから脚を降ろし、上着を羽織る。

未だ生傷が癒えず包帯だらけの身が激痛に悲鳴を上げるが、所詮は悲鳴だ。

この程度で止まる事など、出来るはずもない。


「……ご自愛を」


「断ります。こちらの戦況を教えなさい」


兵士は戸惑う。教えて良い物か、と。

教えればこの人は再び戦線に戻るだろう。軍として見ればそれで良い。

だが、部下として見れば教えるべきでない事は確かだろう。

今、出れば、この人はーーー……。


「魔具を」


「……今、何と」


「イーグ将軍が私に下さった、魔具を」


「しかし、アレは」


「恐らく、近しい内にオートバーン大尉も均衡を破るために使い始めるでしょう。こちらも使わないと、示しが付きません」


示しと口にせども、彼の眼光に義務の二文字はない。

その瞳にあるのは、何か。憤怒か、復讐か、仇討ちか。

否、それのどれでもない。

彼は、ただ。


首狩の双牙(シオ・ファング)を、私の元に」



【スノウフ国】

《城下町・町外れの廃墟》


「と、ネイクは今頃覚悟を決めていよう」


両腕を組み、豪雪の中仁王立ちして地平線を仰ぐ大男。

彼は自信満々に、後方で暖を取る部下へそう言い放った。

部下は部下で何と返事して良いか解らず、もう一人の上官へ視線を送る。


「……どうして解るんです?」


「同じ釜の飯を食い長年衣食住を共にして来た仲間よ。その程度解らずしてどうする」


「真面目ですな」


「儂がいつも巫山戯ておる訳がなかろう!」


「際で……。それで、あの方が攻めるのであればオートバーン大尉も?」


「うむ、儂も動く」


大男の全身には鎧が纏われていた。

否、それを鎧と呼んで良い物かどうかは解らない。

何せ鎧とは自身を守る盾だ。盾を身に纏ったが故の鎧だ。

だがしかし、相手を殺す為の刃をその身に纏えば、何と称せば良いのか。

それは紛う事なき鎧。然れど鎧にあらず。

全身を覆う、その魔具は。鎧などと言う次元に収まりはしない代物だった。


[豪破漢之装マスラオ]。イーグ将軍お手製の魔具でしたな」


「うむ、ネイクと並びあの方の最高傑作よ。……ヨーラは受け取らなんだがな」


「中佐は貴方に劣れども及ぶほどの実力だったでしょうに。何故受け取らなかったのでしょうかね」


「あの女は阿呆だからな」


かっかっか、と。

豪快な笑いでオートバーンは空を見上げる。

酷く曇り果てた、空を。


「……どうしようもなく、良い女だった」


あれ程の女ならば抱いても良かった、と。

彼はそう付け足し、自身の眉間を覆う。


「大尉、戦争はまだ続いております」


「解っとるわ。だが、これ程の豪雪と曇天。今暫く敵兵はこちらに気付くまい」


「……それは、そうですが」


「ほんの少し、あと数分ほどで良いから」


それ以上の事は部下であれども言えなかった。

自分達に背を向けるその男の、曇天を見上げるその男の。

頬を伝う雫に、最早、何もーーー……。


「泣かせて、くれ」



読んでいただきありがとうございました

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