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獣人の姫  作者: MTL2
決戦・前
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自由の空


「ッカァッ!!」


疾駆や跳躍などという、物ではない。

瞬間移動と言われればそうだろうと思える程に、疾い。

視覚も聴覚も、或いは意識すら逸脱する突貫。

ファナは偶発的に、直感的に首を捻ってそれを回避した、が。

余りの速度による風圧の巻き込み故に、彼女の頬は切れ耳まで裂線が及ぶ。


「ッ!!」


飛躍的に向上している。速度も、攻撃も、戦意も。

吹っ切れた故か? いや、それだけではない。

たったそれだけで片足を失ったという負担を無くせるはずはないだろう。

ならば何だ? 何が、この女を、ここまでーーー……。


「ハッッハッハッッハァッッ!! 楽しいねェ、ファナぁあああああッッ!!」


あぁ、そうか。

そうか、そうだった。

考えたが故に、自身に従ったが故に、吹っ切れたが故に。

この女は生きて居る。命令の為などではない。自身の為に。

それが嬉しくて堪らないのだ。どうしようもなく、心の源泉が湧き出すように。


「獣だなァ、まるでッッ!!」


けれど、自分もそうなのだ。

どうしようもなく嬉しい。彼女の躍動が、自分の躍動のように嬉しい。

彼女は獣だ。三の脚で大地を掛ける姿など、どうしようもなく。

その心の躍動を抑え付けようともせず醜く軽やかに嗤っている。

それが伝わってくる。この醜悪な世界を裂くような、それが。


崩脚撃(シヴロー・ザ・レコラ)ッッ!!」


白炎(シェオ……ッ」


いいや、違う。そうじゃない。

そうするべきじゃない。


真螺卍焼トーティクル・デストラクションッッッッ!!!」


詠唱破棄の上級魔法。

全力全開にして魔力全出の、正真正銘最後の一撃。

激突? 衝突? 轟突?

いいや、違う。これは、違う。

そんな言葉で表せる物ではない。


「もっと、もっとだ! もっと私を生かしてくれっ!!」


彼女の背にある魔方陣が巨大化し、彼女の背後全てを覆い隠すほどになる。

残された脚にも凄まじい魔力の奔流が纏われ、単一にて墜槌と化す。

先の、彼女の残された脚が放ったそれよりも遙かに強力な、それを幾千にも凌駕する一撃。

然れどファナとて、詠唱破棄であっても上級魔法。

さらにあの時と違って盾という負担ハンデもない。

拮抗だ。墜槌と極熱の拮抗。

白焔により焼け焦げる墜槌、墜槌により砕け散る白焔。

そこに殺意はない。そこに慈悲はない。

あるのはただ、歓喜。


「ファぁあああああナぁああああ・パぁああああああああああああああールぅううううううううズッッッッッッ!!!」


「ヨぉおおおおおおおおおおおおおラ・クッッドンラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


互いの咆吼。

大地が抉れ、荒野に業火と破壊の豪波が刻まれる。

抉れ消え逝く光景の中で、彼等は、ただーーー……。






「……私はね」


ヨーラは立っていた。

片足で、空を見上げるように。

その下ではファナが大の字に倒れていた。

彼女と同じく空を見上げるように。


「きっと、生きたかったんだと思う。戦乱の中にある平和を手にしたかったんだ」


「……それに気付いたのが、今なのか」


「馬鹿馬鹿しい話さね。もっと速く気付けば良かった」


「今更だろう。今更に過ぎる」


「あぁ、全くだ。所詮は計画の内だったあの小娘共との日々を、私は本気で望んでるなんて……、あぁ、どうしてもっと速く気付かなかったんだろうね」


喉を鳴らすように嗤う、ヨーラ。

ファナは寝転んだまま、そんな彼女の様子にため息を零す。


「或いは、気付いていたのではないか」


「……私が、かい?」


「あの日々を望むから、そんな日々を望むはずもないと自分から目を逸らしていたんじゃないのか。自分がこんな事を望むはずがないと、そう思い込んでいたんじゃないのか」


「それはアンタもだろう?」


二人は口端を崩し、笑い声ともならぬ、笑い声をあげる。

最早、衝撃と火炎に焼かれ生命の息吹一つとしてない荒野。

彼女達は、そこで、たった二人、ただ。


「楽しかった。私は、本当に」


「あぁ、そうだな。私も久し振りに笑ったよ」


「アンタの笑顔なんて見なかったからねぇ。もっとにっこり出来ないのかい?」


「……性に合わん」


「そんなのじゃ男も寄らないだろうに。女なら平和な家庭で男に抱かれるのを夢見るモンじゃないのかね」


「別に、興味はない。……貴様は夢見たのか?」


「あぁ、それも悪くないと思う」


空は青かった。

何処までも、果てしなく。

決められた道など、そこにはなくて。


「……ここに来るまで、一人の男を殺した。その男が、笑ってたんだ」


「笑っていた?」


「空を見上げて、今から死ぬってのにね。本当に真っ直ぐで、純粋で、透明な笑みだった」


ヨーラは静かに、静かに、本当に静かに、ファナを見下ろした。

大の字で寝転がる少女は未だ空を見上げている。その瞳に、青色を映して。


「それが今なら解る気がするよ」


風が吹く。

最早、何も無くなった荒野に。


「アンタを舐めたりしなくて良かった。アンタだからこそ、私にツケとケジメを払わせてくれた」


その風はヨーラの体を揺らす。


「ありがとう、ファナ。モミジやピクノ、ハドリーやサウズ王国騎士団の皆……」


最早、身体の殆どが抉れ消えた、その体を。


「皆に、ありがとうーーー……、と」


静かに去り逝く風と消え逝く命。

最早、生命の息吹などないその荒野に。

あるのはただ、たった一つの、命。



読んでいただきありがとうございました

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