ケジメとツケ
「……がふっ」
弾丸が臓腑を擦ったのか、血流が喉を逆流してくる。
息を一度する度に口の中に鉄の味が広がり、その上喉が詰まるから満足に息も出来ない。
血を流しすぎたのか、手足にある痺れが鋭敏な感覚を損なわせる。
いや、それ以上にーーー……、自身の行動を阻害している物があった。
それは、絶望。
「このまま囲んで斉射を続けます」
自身の魔力を集中させる白き炎の盾。
それに刹那として絶えることなく放ち続けられる弾丸の嵐。
消耗戦。いや、一方的に消耗させられている。
このままでは魔力を消耗しきり、下手を解除して蜂の巣にされるのを待つのみ。
しかもヨーラを殺し切れなかった。例え自身の魔力が無尽蔵だったとしても、奴の実力を持ってすれば、自身の盾など、容易く。
「いや、良い。やめな」
「Wis! ……は?」
「斉射をやめなと言ってんだ」
ヨーラは立ち上がり、立ち上がろうとし、何かに気付いてその場へと座り直した。
兵士達はただ困惑したまま銃を撃ち続けるも、一人、また一人と銃口を降ろしていく。
自分達を容易く殺す事が出来、仲間さえ殺したその敵を前にして、皆が銃を下ろしたのだ。
「……斉射、やめました」
「そのまま撤退。近くにヤム少尉率いる小隊が来てるはずだから合流しな。合流出来なきゃそのままシャガル王国に帰還するが良いさね」
「隊長は、如何なさるのです。あの女は」
「ケジメは私がつける。それだけさね」
兵士達は誰一人としてその場から動こうとしない。
ケジメと上官は言った。だが、現状からそれが何を意味するのかは言うまでもない。
「我々は兵士です。貴方のように強靱な魔力も体も持っちゃいない。精々、銃を持って突撃するしか脳がない。チェスで言うところの、歩兵です」
兵士達は銃を背負い、足並みを揃え、背筋を伸ばす。
まるでいつも通りの、もう戻ってくるはずもない平穏な訓練の時のように。
「歩兵が命令に逆らったら、誰も動けない。だから我々は命令に従います」
中には涙している物も、嗚咽を零す物さえ居た。
然れど彼等は、それを押し殺して自身の鍔帽子に伸ばしきった指と目一杯力を込めた掌を当てる。
「我々は貴方を守れる壁でありたかった」
微笑みは、応えだった。
皆はそれ以上何も言わず、踵を返して荒野の果てへと去って行く。
酷く寂しそうに、酷く迷いのある足取りで、彼等は。
最早、立ち上がる事さえ出来ないであろう上官を見捨てて。
「どういうつもりだ」
白炎の盾を解き、彼女は膝に手を着いて立ち上がる。
未だ傷は苦痛を全身へ駆け巡らせる。血塊は喉にせせり上がってくる。
それでもなお、問わずには居られなかった。
あのまま斉射を続けさせていれば勝てたはずだ。それも、容易く。
後は部下の手を借りて帰還し、思うように傷を癒やせば良い。
そうすれば、何も問題はーーー……。
「……あぁ、いや」
そうか、そうだった。
考えろと言ったのは、自分だった。
「貴様、もう脚が……」
「流石だね、アンタの一発」
ファナの魔術大砲と激突した、その片足。
それは最早脚ではなく、炭だった。
引っ付いている事さえ不思議に思えるほど、黒い。
肉や骨、血液でさえも蒸発しきったようなーーー……。
「ケジメはツケを払うって事だ。これがツケさ」
「……何故、部下を帰した」
「言ったろう? これは私のツケさね。私が払わなきゃならない」
彼女の瞳にある、悲哀の色。
然れどその中に渦めく、ほんの僅かな喜びの色。
「考えた結果なんだろうね。私がどうしたいか、そうするべきか、と」
「……ツケを払う。それがお前の答えか」
「あぁ、アンタだからこそ払わせてくれるだろうとね」
ヨーラは腰元にある小振りな鞘から銀色のナイフを引き抜いた。
それが誰に向けられる物か、ファナは思考するまでもなく直感する。
然れど止めることも抑することも出来ない。それをするのは、彼女自身だけだ。
「……ふん」
ファナの、指先から流れるように出た魔術大砲。
それはナイフの刀身を熱し、空気中に蜃気楼を作る程の温度まで引き上げる。
少しだけ驚いたように彼女へ視線を向けたヨーラだが、その表情は直ぐに苦笑へと変わる。
「情けかい?」
「ツケだ」
「……フフ、そうかい」
刃は炭を裂き、肉を絶つ。
最早それは重りでしかない。なればこそ、これは必然の処置。
生々しい音とさくりさくりという軽快な音が混じり合い、言い表せぬほど不快な音色を奏で出す。
ただ、そこに紅色という惨い色が混ざらなかったのはファナの慈悲故だろう。
たった一つの慈悲故だ。
「さぁ、始めよう」
最早、片足だけとなったヨーラ。
それでも強靱なる脚は一本だけと言うのに彼女の体を容易く持ち上げた。
流石にそれでは安定しないのか上半身は幾度か揺れたが、倒れることはない。
そう、倒れるのではなく、自ら伏せたのだ。
獣が如く、三つの脚を持って。
「私のケジメに付き合ってくれるかい? ファナ・パールズ」
「あぁ、それが私のツケだからな。ヨーラ・クッドンラー」
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