戦乱に染められて
「……何だろうな、アレは」
デッドは切れた唇から滴る血を拭いながら、酷く眉根を顰めていた。
彼等は奔っている。ファナやヨーラ、兵士達の居る川辺に背を向けて。
その背後に数多の屍が燃ゆる火炎を、背負いながら。
「俺は半分だけ獣人だ。半分だけ人間だ。希少な存在だって事は解ってる。だが、それでも解らねぇな。アイツ等の戦い方ってぇのはよ」
「デッド」
「……小娘の教育には悪いってか? お堅い騎士団長様は大変だな」
茶化すように笑えども、デッドの瞳が上弦になる事はない。
押し固めたような、変わることの無い憎悪と憤怒の眼光。
余りに惨い。あんな戦い方が、人間のやり方か。
力を得た獣。魔を得た人。
そのどちらが悪意に奔った? 人としての本能に従っている?
いや、待て。これでは、まるでーーー……。
「人の本能が、悪意みたいじゃねぇか……」
中間に立つ彼だからこそ、感じたその感覚。
獣としての力を持ち、人としての魔を持つ彼だからこそ。
然れど、彼自身が生きてきた最中で味わった悪意に比べて、それは少しばかり、劣った。
「何か言ったか? デッド」
「いや、何でもない。それよりここからどうするつもりだ?」
「このまま奔ってサウズ王国に向かう。俺達の身体能力からすりゃ数日もあれば充分だろう」
「途中にある、何処かの国に寄れば良いんじゃないか? 獣車を借りた方が良い」
「ここからの道中に国はねぇんだ。少し道を外れればあるが、返って遠回りになる」
「……そうか」
ゼルと言葉を交わしながら、デッドはふと端に目を向けた。
彼の隣を疾駆する少女の顔が気になったのだ。
話から察するに、あの敵とは顔馴染みだったのだろう。それに、残ったファナとかいう小娘もまたそうだ。
甘ったるいこの小娘が、如何なる表情で今を過ごしているのか。
仲間同士が、友同士が殺し合っているこの、今を。
「…………ほう」
出たのは、感動に近いの息だった。
あの小娘が。あんなに甘ったるく、我が儘な小娘が。
泣き喚くことも周囲に当たり散らすことも彼等を止めることもなく。
ただ、見ている。眼前の世界を。
平然とした、否、平然とした中に何か言い知れぬ物を孕んだ眼で、見ている。
「染まるねェ……!」
この戦乱の中に、染まっている。
あの小娘も数多の命が散っていく世界の中で、染まっているのだ。
未だ心の中に躊躇いはあるだろう。それでも良い。
次第に、染まる。染まりきる。
嘗ての自分が貧困街に染まっていったように、また、この小娘も。
「おい、ゼル・デビット」
「何だ」
「染まり切らせるなよ」
染まりきれば、喰われるのみ。
己の内にある信念を捨て去ることさえ有り得る。
この男がそうさせない事は知っている。だが、その状況下にあった自分からすれば、そう言わざるを得ない。
染まり切れば喰われるのみ。故に染まり切らせるなよ、と。
そう、言わざるを得ないのだ。
「解ってるさ。俺は」
ゼルの顔面が弾け、反る。
風を切る彼の身体だけが前に進み、頭部はその場に釘付けとなった。
その身が叩き付けられるように大地を転がり、やがて双対の脚で全ての勢いを殺しきる。
顔面を振り上げた彼の牙に挟まるは弾丸。直撃すれば頭部など容易く破壊し得るであろう、口径。
「狙撃ッ!?」
「次弾来るぞォッ!!」
最早、弾道を予測するまでもない。
数多の豪雨が降り注ぐ弾丸は視認するまでもなく、その音で理解出来た。
しかもその一発一発が全て岩石であろうと破壊し得る口径だ。
故にデッドの強靱な筋力を持ってしても、弾き得る物ではない。
「ちィッッ!!」
頬を擦り、脚を擦り、髪先を消し飛ばす。
防御は不可能。回避もしきれない。ゼルでさえ、自分の援護に来れるほどの余裕はない。
ただ、削られていく。じりじりと、体力も余裕も。
まるで火炎の中に獣を生きたまま放り込むが如く、じりじりと、削り取るのだ。
その、生命を。
「聖闇・魔光」
デッドはふと、間違いに気付く。
自分は先程、あの小娘がこの戦乱に染まっているのだと思った。
それもまた必然だろう、と。この甘ったるく我が儘な小娘故に。
然れど、違ったのだ。確かにこの小娘は甘ったるく我が儘だろう。
だが、それを貫き通すだけの力がある。
「……嘘だろ、オイ」
幾千数多と降り注いでいた弾丸は地に落ちた。
ただ一人の、少女が纏った衣と紅蓮により、容易くだ。
轟々と広がる業火の壁。その紅蓮は最早、美しき真珠の色さえ孕む。
貫かれし天は笑うように、白雲を裂き通した。
紅蓮よ、我が元へ戻れ、と。太陽がそう叫ぶが如く。
「……こりゃ、撤退した方が良さそうですねー」
その圧倒的な光景を前にして、ベルルーク国軍の狙撃部隊を率いるヤム少尉は諦めざるを得なかった。
元はヨーラの支援としてバボックに出動を命じられた身だが、彼女達を前にしてはどうしようもあるまい。
一先ずこの情報を持ち帰るのが先決だ。
「無事だと、良いんですけどー」
彼女は部隊に撤退を命じ、自身も銃を片付ける。
戦乱の最中だ。仲間の安否など心配している暇はない。
それでもなお心配してしまうのは、自分が甘いからだろうか。
それとも、彼女が覚悟していたからだろうか。
「……どう、なりますかねー」
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