彼女達のケジメ
【シーシャ荒野】
「もう数日程度で着くだろ」
荒野の、開けた大地の中で細く流れる水。
白煙を巻き上げながら、デッドはその水辺で息付いていた。
酷く息を荒げながら落ち着きの無い様子で水を飲む獣達を眺めながら、スズカゼは彼の言葉に軽い頷きを見せる。
ゼルは自身の義手の調子を見つつ干し肉を食み、ファナは獣車の壁にもたれ掛かって地図を見ていた。
スノウフ国からサウズ王国への急速な転行の最中、ほんの少しの休息。
もうこれからあるかどうかも解らないような、ほんの、少しの。
「それすらも赦さねぇ、ってか」
肉を食い千切り、ゼルは立ち上がる。
獣から視線を降ろし、スズカゼは踵を返す。
彼等の行動を見て、ファナは地図を畳み折り込んだ。
「来たのか」
煙草を押し潰し、灰を靴底で埋めながらデッドも立ち上がった。
獣達も異変を察知したのだろう。走り続けて疲れているはずの身を引き摺りながら、獣車の元へと戻っていく。
「当然っちゃ当然だな。俺達は北に行ってから東に引き返してる。しかも相手はこっちの向かう場所知ってんだからよ」
「それでも情報が無けりゃサウズ王国の現状は知れなかったし、下手すりゃ後方から完全に不意打ちだ。大分マシだろ」
「それもそうだな」
デッドは肩を鳴らし、再び獣車の操縦席へと乗り込んだ。
獣達につけた手綱の様子を見つつ、これからどうするのかと問う彼に対し、誰も言葉を返す事はない。
何か言えよと追随しようとも、やはり何の返答もありはしなかった。
「……来る」
スズカゼの呟きが幕開けだったのだろう。
獣車の後方は吹っ飛び、デッドの身は川の中へと放り出された。
跳ね石の様に何度も水面で飛沫を上げながら転がる彼。
何度も回転し続け脳味噌が揺さ振られる中、吐き気を覚えながらも何事かと地面を突き飛ばして起き上がる。
そうして黒眼鏡に映ったのは、スズカゼ、ゼル、ファナの眼前に立つ一人の女。
そして彼等を囲む、果てなど見えない数々の兵士達だった。
「予期は、してたんだろ」
「えぇ、してました。こうして対峙する事も、有り得るだろうと」
「……そうか」
ゼルは抜剣すると共に、袖で口元を拭う。
ここでスズカゼを戦わせるべきではない。相手は、ヨーラだ。
馴染みを殺させるなどこの小娘には余りに残酷過ぎる。
ならば自分が背負えば良い。例え恩がある相手だろうと、同じ釜の飯を食った友だろうと。
敵ならば、殺すしかないのだ。
「私が行く」
だが、そんな彼の前に腕を突き出し、一つ前へと歩みでたのはファナだった。
ヨーラ達は未だ行動を起こさない。ゼルからすれば、それが彼女を歓迎しているようにさえ見えた。
ファナとなら戦える、と。そう、ヨーラが微笑んでいるようにさえも。
「貴様等は先にサウズ王国に向かえ。この程度の数なら私一人で充分だ」
「……良いのか」
「私と奴等では機動力に差が出る。先の一撃で獣車も破壊されてしまったし、当然の結果だろう」
ファナが双腕に魔力を収束させると共に、兵士達も武器を握り直す。
彼等とて、無論ヨーラとて感じているのだ。
その少女が自分達を殺すに足り余る存在である事を。
「……ファナさん」
「行け、スズカゼ・クレハ。これは戦争だ、殺し合いだ。慈悲はなく余裕はなく余暇はない。我々にあるのは焦燥と覚悟と悲痛のみだ」
だから行け、と。
これからここで繰り広げられる光景は私のケジメだ。
貴様が関する物ではない。故に、行け。
ファナはそう述べると二つ前へ歩み出す。
「……また、アンタが相手かい? ファナ・パールズ」
「そうだ。また私が相手だ。ヨーラ・クッドンラー」
ファナは自身の左手で右腕を掴み、それを大きく広げる。
まるで自分の腕を武器として見立てたような構えだ。
否、事実そうなのだろう。彼女の両腕に収束されたはずの魔力が、今。
全て彼女の右掌に圧縮されているのだから。
「貴様の強さは知っている。この身を持って味わった」
「……まさか」
「故に、壊し方もな」
「右翼回避ぃいいいいいいーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!」
ヨーラの叫びが先か、ファナの眼光が先か。
刹那の差など最早それの前には一としての存在もない。
ただ、自身の絶叫を回潜るように届いた、遅いという呟きだけが、鮮明に脳裏へと刻まれた。
「爆ぜて、溶けろ」
端的に言えば、兵士達の心の中は淀んでいた。
回避せよという命令故の、回避せねばという意思。
眼前に迫り来る大砲故の、不可能という諦め。
その二つが混じり合って、どうしようもない事も理解していて。
彼等は最後に、怯える手を自身の鍔帽子に当て、笑った。
「あっーーー……」
脚は立っていた。
しっかりと、地面を踏んで、立っていた。
最早ありもしない上半身を支えるために、立っていた。
「……ファぁあああああナぁああああ・パぁああああああああああああああールぅううううううううズッッッッッッ!!!」
文字通り、抉れた。
砂場の砂を掬い取ったと言えば解りやすいだろうか。
本当に、ただ単純に、ヨーラの蹴り飛ばした岩盤が抉れ、弾け飛んだのだ。
「来い、狂人」
刹那として存在しない最中、ファナは口端を歪めていた。
嘗てのように邪悪な意思を持って、その者と対峙するが為に。
ケジメを、付ける為に。
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