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獣人の姫  作者: MTL2
決戦・前
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不死にあらずして決死となる

「儂等は戦ってはならない」


老父は寝たままの体を起こすこともなく、そう述べた。

皺枯れた声は隣に跪く少年の耳にどうにか届くほどでしかない。

それでも少年は一言一句聞き逃すまいと必死に耳を立て、老父の動く事もない手を力一杯握っていた。


「儂等の一族は戦時中に、殺された。傍目には盗賊達の仕業だと言われておるが、決してそうではない」


「だったら、何なのですか」


「解らぬ。だが、奴等は言ったーーー……。儂等は存在してはならぬ存在だと」


老父が二度だけ咳き込み、少年は僅かに挙動を起こす。

それを抑するように瞼を伏せると、老父は再び言葉を紡ぎ始めた。


「忘れるな。儂等は決して不死ではない。儂のように老いれば死ぬ。戦いの中で死んでいった者も多い。……解るか、ニルヴァー」


「はい、解ります」


「儂等は戦ってはならぬ。この力は死ぬまで一度とてあるべきではない」


「はい」


「だが、もし、もしも。この力を使うのであればーーー……」


老父は最後に、少年にだけしか聞こえないような言葉でぼそりと呟いた。

そして、同時にそれが老父が生涯で紡いだ最後の言葉であり彼が残した最後の証ともなった。

少年は次第に冷たくなっていくであろう手を老父の胸元に添え、静かに立ち上がる。


「……解っています」


戦乱の最中、青年が生き残る為に如何なる変遷を歩いたのか記すべくもない。

然れど、彼は老父との約束を破り、幾度となく不死の力を使った。

そして生きてきた。今、この場所まで己の脚で。

最中で仲間を得た。仲間を失った。女と契りを結んだ。子を身籠もらせた。

そして今、戦っている。

老父の、自身の育ての親である彼との約束を破って。


「圧倒的か? 絶望的か?」


嗤っていた。口端に指を掛け、嗤っていた。

その者は耳元まで裂け歯が剥き出しとなった頬に指を掛け、嗤っていた。

その姿は正しく狂鬼。同種である事すら、生命の果てに存在するのがこの姿である事すら否定したくなるほどの、狂った鬼。


「俺の血は毒だ。その身蝕み細胞を溶かす毒。致死の、毒」


その者は四肢を持っていた。

子供がじゃれつけば千切れるほどに脆い四肢を。

その男は魔力を持っていた。

ただの一兵にすら劣る魔力を。


「蝕まれて死ぬか、砕けて死ぬか」


だと言うのに。


「選べ」


男は嗤っていた。

眼前の、自身の血という毒を全身に浴びた二人を前にして。

その狂い裂けた笑みを持ってして。

嗤っていた。


「ニルヴァー、さん」


自身の口から溢れ出る黒血を拭わずに、シンは呟く。

否、拭えないのだ。拭ったとしても後から後から溢れ出てくるから。

故に、彼はそのままの状態で、呟く。

朦朧とし始めた頭から、必死に言葉を絞り出して。


「俺が突っ込む、ッス。何でか解らないけど、貴方はアイツに吸収されちまう。だから、次は俺が、囮になるッス」


妥当な案だ。

同じ血統を持つロクドウはニルヴァーを吸収することによって。

正しくはニルヴァーの血を吸収することによって傷を癒やせる。

先程の腕一本でも生傷が消えるほどだ。全身を吸収などされたら、彼が万全の状態に戻ったとしてもおかしくはない。

なればこそ、吸収などさせる訳にはいかない。


「駄目だ」


だが、ニルヴァーはそれを赦さなかった。

頭の中でそれを解っていたとしても、赦すはずなどない。


「……今まで劣況の中で戦って来た」


僅かに、口端から零れる黒血を拭いながら紡がれる言葉。

戦乱と傭兵。その二つの最中で生きてきた彼だからこその、言葉。

解っていた。自分は弱い。ただ死ににくいだけの男だ。

故に、解っていた。故に、知っていた。

この力の、使い方を。


「続け、シン」


自身の懐より一丁の銃と一本のナイフを取り出し、彼は疾駆する。

眼前の脅威に対し、毒に蝕まれた肉体を躍動させて。

最早、白と紅と黒が混じり泥となった大地を蹴り飛ばして。


「来るかァッ! 同族ゥッッッッ!!」


「俺は狂わんッッッ!!」


一閃がロクドウの眼球を切り裂く。

回避や防御を度外視した捨て身の一撃。故に決まった。

然れど代償は直ぐさま支払われることになる。


「貰うぜ、全てを」


ロクドウの結界を纏った指がニルヴァーの胸元に突き刺さる。

心臓。人体にて血液が最も集まる場所。

彼の身を巡る生命の源を欲するならば必然的に狙う場所だろう。

それ故に、彼は解っていた。その場所に来るという事を。


「……何の真似だ?」


その腕に突き刺さるはナイフ。

先の捨て身の一撃に用いられた刃が、ロクドウの腕に突き刺さったのだ。

同時にニルヴァーは彼の腕を絡め取るが如く右腕で拘束し、その場に留めさせる。


「ここからは、我々のケジメだ」


二人はその場に留まらざるを得ない。

互いの右腕と左腕を拘束された状態で、だ。


「……ケハッ」


狂気の眉間に突き付けられたのは黒き銃口。

何が起こるのか、何を始めようとしているのか。

狂鬼はそれを理解し、再び嗤った。


「良いぜ、乗ってやるよ」


ロクドウの右腕に纏われる結界の刃。

決して動かぬと筋肉を凝縮させるニルヴァーの銃を装う腕。

二人の、削り合いが始まる。


「うぉぉぉおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオッッッッッッ!!!」


「キィハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッッッッ!!!」


空を裂く結界の斬撃はニルヴァーの皮膚を割り肉を裂き血管を断つ。

虚を穿つ銃口の弾丸はロクドウの眉間を捻り骨を砕き脳髄を破す。

不死に近しい者同士の密接した殺し合い。これが意味するのはただ、人が居たり付いてはならぬ光景ばかり。

幾ら血液が飛散しようと、骨が散らばろうと、臓腑が散り開こうと。

彼等は止まらない。止まるはずがない。


「シンッッ!! いけッッッッッッ!!!」


ニルヴァーの咆吼。ロクドウの察知。

眼前、自身が切り刻み自身の眉間に弾丸を撃ち続ける男の背後。

白銀の一閃を構える、一人の青年。


「ハッ!!」


ロクドウは思わず叫びに近い、単発的な嗤いをあげた。

高が一閃程度で殺せるものか。この、俺を。

お前だけ避けるというのであればそれも良い。無理やり巻き込んでやるだけだ。

それとも共に隙を作るか? ならば結界を発動させれば良いだけの話だろう。

やれるならやってみろ。貴様等の戦いを、見せてみろ。


「ッカァッッ!!」


シンの一閃は何かを斬りはしなかった。

身体ごと倒れるように避けたニルヴァーを避けるのは必然。

然れど、それを予期していたロクドウもまた、それを回避したのだ。


「甘ェんだよォオッ!!」


気付く。

自身の咆吼に、眼前の男は耳を貸していない。

何か、何か別の物を見ている。


「我が父よ」


小さく、呟いて。


「今、約束を守ります」


ロクドウの視界の隅。

映るは、小さな筒と火炎。

白銀の切っ先にあるのは、微かな火花。


「爆ーーーーーッッ!!」


「愛する者を守るために、この力を」


爆音轟きて純白は舞う。

曇天の空は、その業火を嫌うように裂け、太陽を晒した。

その黒煙を眺めた幾人も居らず。

ただ、静寂とはかけ離れた不快なる嗤いは、もう、無かった。



読んでいただきありがとうございました

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