白き世界に不死と黒血は降り注ぐ
「奴に関して知っている事はあるか」
視線一つ交わさずして、ニルヴァーはシンへ問う。
否、視線一つ交わすことは出来ないのだ。眼前の脅威から目を逸らせばどうなるかなど、言うまでもない。
シンは問いに対し思考回路一つ動かさずして、自身の心に浮かんだ事をそのまま唇へと伝わせる。
「奴の使うのは結界ッス。結界自体の防御力は極めて高い。しかもその硬度を利用した攻撃は人体を裂くに充分ッスよ」
「ふむ、攻撃範囲は?」
「かなりの遠距離まで可能ッス。あぁして浮かせてるトコを見ると近距離もいけると思うッスよ」
「そうか」
それだけ解れば充分だ。
彼はそう呟くと共に疾駆した。
意識など、理解など出来るはずもないシンは思わず短い驚嘆の声を零す。
自殺行為に他ならない。あの男に、突っ込むなど。
「……!」
だが、あぁ、だが違うのだ。
あの男に自殺という文字はない。死ぬことがないのだから。
彼のジョブは[再生者]だと聞く。例え心臓一つになろうと生き返るのだ、と。
ならば偵察の意味も含めた突貫は彼にお誂え向きだろう。
それを考慮しての一撃を、彼は。
「くはっ」
近づく隙さえ無く、断ち切られる。
「ーーー……ッ!?」
掛けだした四歩目辺りだろうか。
彼の腕から先が塵と化したのは。
それに追随するが如く足先、二の腕、太股、肩、股座と。
疾駆が止まぬ内に彼は全て、塵へと。
「馬鹿が」
ロクドウが張っていたのは酷く薄い結界だった。
地面が純白の雪原であるが故にどうにか理解出来る、彼自身が血に塗れているが故にどうにも理解出来ぬ、紫透明。
ニルヴァーは物の見事にその罠に嵌まったのだ。
彼の狙い通り、闘う事なく、死ーーー……。
「馬鹿は貴様だ」
塵が人差し指を作る。第一関節を中指を第二関節を薬指を付け根を小指を掌を親指を。
時を再生するが如く、その者は復活していくのだ。
塵芥とさえ化したはずの、その男が。
「……まさか、テメェ」
ロクドウの顔面を覆うニルヴァーの掌。
それは彼の視界を封じると共にその両眼へ鋭い激痛を与える。
目潰しなどという生易しいものではない。敢えて言うなら、それは[目抉り]。
「が、あぁあああああああああああああああああああッッッッ!!」
脳の神経を引っ張るような激痛。否、眼球から奥へ直接引っ張っているのだ。
自身の指が頭蓋骨と衝突し、骨が折れようと止まらない。
その砕け、皮膚を突き破った骨でさえも武器にして、殺しに来る。
何と素晴らしい殺意。この男が誇るそれは、余りに美しい。
「だからこそ、良い」
ニルヴァーの指が爆ぜる。
指先から暴発するように、うねるように。
彼は腕を引こうとしたが、既にそれは自身の腕ではなくなっていた。
力が入らないのではない。感覚すらなく、命令を聞こうともしないのだ。
「ッ!」
彼は自らの腕を折り砕き、引き千切る。
血管の一本さえも残さずねじ曲げ、ロクドウの顔面へ肩から先を叩き付けた。
自身の物であったはずの腕は地面を這う蚯蚓のようにうねり、うねり、うねり。
そして、溶け落ちる。
「やっぱりなァ……。妙に親近感あると思ったんだよ……」
ニルヴァーは後方へ跳ね上がるように後退すると、自身の腕にある違和感に気付く。
再生している。いつも通り、再生している、はずなのに。
遅い。いつもより数瞬ほど、遅い。
「お前も俺と同じか」
そしてその対価だと言わんばかりに、ロクドウの眼球と顔面の傷は癒えていた。
先程まで生傷に塗れていたというのに、顔面の大きな傷痕以外は全て癒えている。
何故だ? まさか奴は相手の体を吸収することが出来るとでも言うのか?
だとすれば、それはいったい何の力を持ってーーー……。
「シーシャ国。知ってるだろ?」
「……な」
思わず言葉を失った。
どうしてこの男が知っている?
どうして、この男が自分にその国の名を語りかけてくる?
どうして、この男が自分に唯一残された言葉をーーー……。
「あぁ、知ってるさ」
銀、一閃。
「忘れるはずもねぇ」
ロクドウの首は弾け飛ぶ。
否、弾け飛ぶことなく弾け飛ぶ。
その場から首が動く事は無かった。然れど、その首は斬れていた。
余りに光速の一閃故に、首が斬られたという事を認識しなかったのだ。
そして、遅れて、数秒後。
肉に埋められていた爆薬が着火したかのように、首は弾け飛び、紅色の噴水を撒き散らす。
ニルヴァーはその紅色を全身に浴びながら、同じく頭髪より紅色を滴らせるシンに視線を向けた。
「悪いな、助かった」
「いえ、ニルヴァーさんが引き付けてくれたからッスよ」
そう言いつつも、シンはロクドウから、否、ロクドウの胴体から目を離さない。
終わってみれば何と呆気ない事か。首音を飛ばせばそれで終いだ。
幾ら憎もうと、幾ら斬り付けようと、死ねば終わる。
この男も、自分も、所詮はーーー……。
「……か」
それは嘔吐の感覚に似ていた。
食堂から何か生暖かい塊が逆流してくる感触。
そして、それを雪面に吐き出すと。
自身の血塊である事が、直ぐに解った。
「楽しいねェ、楽しいねェ」
そして不快極まる、軽快な声。
その男は無くなったはずの首から声を出し、否。
既に口元まで再生していたが故に嗤い、述べる。
「戦いはこうでなくちゃなァ……!」
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