少女の白と黒は入り交じる
私は立っている。
二本足で、二本の手をぶら下げて。
私は見ている。
二つの目で、二つの耳で音を聞きながら。
私は生きている。
一つの身体で、一つの心臓を動かしながら。
「……人間じゃ、ない?」
だからこそ、その言葉が理解出来なかった。
自分が人間でないと言うのなら、何なのだ。
獣か、獣人か、怪物か。
それともーーー……。
「嘗て、貴様がこの国に来た時、私やゼル、メイア女王が貴様を何と呼んでいたか……、覚えているか?」
「せ、精霊……、でしたよね」
「アレは珍妙な恰好と荒野に一人で居た事、そして幾つかの些細な事から呼んでいた、確証のない通称のような物だった。あだ名のような物だ。……すぐに呼び名は終わり、国で保護するか国外に追放するか。その程度の処分で終わったはずだろう。……暴動の率先などなければな」
「結果として私は貴女に伯爵の地位を与え、第三街領主の立場を与えたわ。そして、その見返りとして私の依頼であるクグルフ国の一件も達成した。文句はないわ。充分よ」
「だが皮肉にも……、それが原因となったのだ」
「原因、ですか?」
「……私の疑問が確証となる、原因だ」
「……あの、さっきから言っている疑問や確証って何ですか? 私は何なんですか? 皆さんが私をここに集めた理由って!?」
「落ち着け。……いや、落ち着けと言う方が無理か」
「メイア女王、リドラさん。もう率直に言った方が良い。余計な含意は彼女を追い詰める要因にしか成り得ない」
「……そうだな、バルド。あぁ、そうだとも」
それだけは言いたくなかった、と。
この言葉だけは述べたくなかった、と。
リドラはそう言うが如く、再び唇を噛み締めた。
メイアやバルドからすれば、スズカゼへこの事を述べるのは国内の危険因子への通達でしかない。
だが、リドラからすれば、それは、一人の少女を否定する事になるのだ。
「スズカゼ、私は嘗てゼルと共に貴様を調べたとき、トゥルーアの宝石が反応しなかっただろう?」
「え? あ、あぁ、はい」
「それだけではない。メタルから妖精召喚のファイムの宝石も威力が薄かったのを聞いている。当時の私やゼル、彼ですらも、それは体質、若しくは本人の魔力不足故と。ただその程度の問題と思っていたが……、本質はそこではない」
リドラは大きく息を吸って、吐いて。
自らの爪で皮膚を切り潰す程に握り締めて。
歯を食いしばり、そして、述べる。
「もしトゥルーアの宝石が発動しなかったのが本人の体質ではなく、魔法石自体の魔力を吸収された為だとしたら。もしファイムの宝石から召喚された妖精が小さかったのが、魔力不足でなく、魔法石が発動するはずの魔力を本人が吸収したとしたら?」
魔力の吸収。
本人を介しての魔力だ。彼女への調和率が上がるのは当然だろう。
だが、だからといって魔力の吸収などという芸当を、獣人や、況して人間に出来るはずがない。
出来るとするならば、それは。
「それが可能なのは、精霊だけなのだ」
リドラが彼女を精霊と仮称したのは、珍妙な恰好と道具、そして荒野に一人で居た事と幾つかの些細な事からだと言った。
だが、実際はそちらの方が些細な事なのだ。
その時に言うべきだった。
バルドの言う通り、妙な遠回しなどせずに。
けれど、言えるだろうか。
―――――貴様は本当に精霊だ、などと。
「……ど、どういう事ですか?」
「……」
「だって精霊は召喚者からの魔力がないと消えちゃうんでしょう!? それはクグルフ国で私が魔法石を破壊して無事だった事からも解ってます! 消えないのなら、今頃、私は死んでいたかも知れない!!」
「その通りだ。……だがな、単独で現世に留まり続けれる所か、単独で降臨できる最上級の召喚使霊も居る。それが天霊だ」
「だけど、リドラさんは今!」
「そう、精霊と言った。私が知る限りでは天霊の単独降臨など歴史上、ろくな事の前触れでしかないからな……。……だが、スズカゼ。主なき精霊の末路など、結局は誰かに倒されるか魔力が尽きて消えるか。その二つに一つだ」
「だったら、どうして私が精霊なんて……!?」
「魔力を持つ存在は召喚された使霊の類い、若しくはごく少数の獣。…………そして人間だからだよ」
つまり、それは。
自分の姿を人間だ、と認識しているスズカゼに、その言葉は。
「……私が、精霊と人間とのハーフである、と?」
余りに真っ直ぐ、残酷に突き刺さった。
きっと、事実なのだろう。
これ程の場を用意して、彼があれ程言うのを躊躇った言葉だ。
いや、最後まで言う事が出来なかった、真実だ。
「自分の魔力で自分を召喚する。理論上、不可能ではないわ。半霊人とでも言おうかしらね? いえ、リドラ達は……、何と言ってたかしら」
「[霊魂化]……、そう呼んでいます」
「霊魂化、ね。……つまり、この、症状とでも言うべき現象は進行している、と?」
「……その通りです。その為に我々はスズカゼ・クレハの異常に気付けた」
「ど、どういう意味ですか?」
「クグルフ山岳での一件、魔法石破壊だが……。魔法石には多数の精霊や妖精を召喚するだけの、内部反射で膨れ上がった魔力があった。それこそ山一つを吹き飛ばしてしまうほどのな。……だが、スズカゼ。貴様が魔法石を破壊したとき、山は吹き飛んだか?」
「い、いえ……」
「ならば、その魔力は消えた事になる。だがこの世では無から有が生まれないように、有は無と成り得ない。……ではその魔力は何処に行ったのか?」
リドラは、彼にしては珍しいほど伸びた背筋を曲げて、スズカゼへと指を向けた。
彼女に突き付けられた指は、その正体を暗示するように震えてる。
「貴様自身の中に、だ。スズカゼ」
山一つを吹き飛ばす程の、魔力。
それ程の物が自分の中にあると言う。
あの時、破壊した魔法石から溢れ出た魔力は自分の中に吸収されたのだ。
アレほどの大群を生み出し、一国を滅ぼしかけた魔力が、自分の中に。
「人間と精霊、二つの要素を持ち合わせる生物など……、聞いた事がない。だからこそ、我々は貴様をここに呼んだのだ」
「わ、私は……、人間です」
「その通りよ。けれど、今は精霊の要素の方が強くなっている。クグルフ国での多大な魔力を取り込んだせいでね」
メイアが言うには、彼女の中にある精霊の要素が強くなっているのだという。
多大な魔力を吸収したのだ。魔力が生命元である精霊の要素が強くなってもおかしくはない。
そして、それこそがリドラが彼女の異変に気付く原因にもなったのだ、と。
スズカゼ自身も、最近の身体の異常はこれが原因である事が解った。
多大な魔力による感覚神経の鋭敏化。
それこそが彼女を悩ませていた要因なのだ。
「……正直言って、これは前例のない事だ。治療など持っての他だし、処遇すらも危ぶまれる。他国からすればこれ以上無い難癖のための種ともなるだろう」
「スノウフ国なんてのは得にね。精霊や妖精を崇めているから、貴女のような存在は存在自体が冒涜なのよ」
北の、四大国家であり四天災者も有する宗教国家、スノウフ。
そんな場所とこの国がぶつかり合えばただ事では済まないだろう。
何より、その原因は自分だ。
自分のせいで、この国の人達が被害を受ける?
自分の、せいで。
「ーーー……っ」
「……解った? 貴女一人の為に、この国は危機に晒される可能性だってあるのよ」
「スズカゼ。辛いだろうがーーー……」
直後。
リドラの言葉を打ち切って、騒音と共に大扉が蹴破られる。
王座謁見の間に居た全員の視線がその方向へと向き、黒き獣人と白き刃を捕らえた。
「じぇ、ジェイドさんっ……!?」
黒き豹は牙を剥き、白銀の刃を煌めかせる。
その姿は狂獣のそれか、それとも忠臣のそれか。
「迎えに上がったぞ、姫」
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