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獣人の姫  作者: MTL2
決戦・前
589/876

不死とは如何に確執を生むか


【スノウフ国】

《城下町・町外れの廃墟》


「……ふむ」


オートバーンは自身の武骨な指で首筋を撫で、軽く息付いた。

違和感はないが、多少の痛みはある。やはり自分で無理やり戻すのは無理があっただろうか。

筋肉の力で折れた首を修復こそしたが、骨は折れたままだ。

常に首へ力を入れておくのは少しばかり面倒だーーー……。


「オートバーン大尉」


「む、うん。どうした」


「やはりロクドウ大佐が見付かりません。死体すらも……」


「……ふむ」


現状、スノウフ国の半分は占拠した。そう、占拠しただけだ。

イーグ将軍とロクドウ大佐の合作である魔具により、国民達が退去した協会を、或いは聖堂騎士達の拠点を封じ込め、占拠している。

所詮は相手の動きを封じ込め、自軍が中枢に入り込もうとしているだけに過ぎない。

だが、それも四天災者[断罪]の残した天霊達によって阻まれている。


「せめてロクドウ大佐殿が居ればどうにかなるんじゃがのぅ」


「しかし[精霊の巫女]の事もありますし……」


「……そこだのう」


正直に言おう。自分は逃げた。

彼女が出した天霊に対し、自分は雪崩を起こして逃げたのだ。

今でさえも数多の兵士を裂いて聖堂騎士達を人質に取るが如く銃撃し、相手の手を防いでいるに過ぎない。

そうでもしなければあの天霊を抑える事は出来ないのだ。出来るはずもないのだ。

その点でも、ロクドウ大佐の手が要る。あの人の力が不可欠なのだ。


「しかし、ここに四天災者が居ないということは、あの人は確実に任務を果たしたということ。そして、あの人はこの任務で」


「だが死体はない。……或いはそれが見付かれば諦めも付いたんだがな」


オートバーンは自身の懐を漁り、漁り、漁り。

やがて見付からないと諦めたとき、自身の尻にある小物入れ(ポーチ)が思い当たり、そこでそれを発見した。

この任務の報酬代わりに貰った、バボック大総統がいつも吸っている、或いは吸っていた煙草を。


「何故だと思う」


「はい?」


「何故、ロクドウ大佐はアレほどに強くアレほどに丈夫ふしなのだと思う?」


頭を吹っ飛ばそうと死なない。臓を掻き回そうと死なない。四肢を砕こうと死なない。血液を全て抜こうと死なない。食物を与えなくとも死なない。水を飲ませずとも死なない。灼熱の砂漠に放置しても死なない。極寒の大河に沈め込もうと死なない。死なない、死なない、死なない。

決して。


「本人は、自分は不死ではなく頑丈なだけだと言い張るが。そうではない。あの人は決して死なぬと儂は思う」


「……はぁ」


「[サウズ王国最強の男]、[精霊の巫女]に並ぶあの人は決して強くはない。いや、強いには強いがあの者達には決して及ばぬだろう」


「つまり、あの人の強さはその頑丈(ふし)にある、と?」


「そこが怖いトコじゃのう」


頑丈ふしなだけならば、不死がんじょうなだけならば、怖くない。

怖いのはそれを持ってして強さを持っているという事だ。

サウズ王国最強の男に及ばす精霊の巫女に劣る強さを持っているという事だ。

例え針先ほどの差であろうとも、砂粒ほどの差であろうとも、塵ほどの差であろうとも。

劣っている強さを持っているという事だ。


「……まぁ、良い。今からロクドウ大佐の捜索部隊を半数に裂いてネイク少佐の増援に向かうが良い。儂もそろそろ出る」


「首の調子はよろしいので?」


「回復の魔法石を使うまでもない。もっと重傷の者に使え」


「Wis、了解しました」


出て行く兵士の尻を見送りつつ、オートバーンは煙草の先を毟り取った。

寒いが故に少しばかり指が悴み、ちょっと千切りすぎたが、まぁ、良い。


「……何処をほっつき歩いておるのだかなぁ、大佐殿よ」



【スノウフ国国境】


「あの、色は。あの、結界はァ……!」


少年は柄に手を携えていた。

嘗て彼の仲間を殺し彼の信念を踏みにじり彼の力を否定した、その男を前に。

修羅が如き刃を携え、剣の殺気をその身に纏いて、牙を剥く。


「落ち着け、シン」


だが、ニルヴァーは冷静だった。

その男の実力は解っている。恐らく、自分達では敵うはずもない。

然れど見た所、相手は手負いだ。付け込む隙はそこにある。

傷を負っているという点ではない。狂気に満ちているという点故に。


「我々であの男の足止めをする。レンは獣車を使ってスノウフ国に迎え」


「け、けど、あの人を超えて行くのハ……!」


「大丈夫だ。あの目に映っているのは我々しかいない」


誰が理解出来ようか。あの男の目を。

幾多の戦場を経験したシンも、様々な人間を見てきたレンも知るはずなどない。

あの狂気に満ちた、あの期待に満ちた瞳を。

最早、誰が理解出来るはずもないのだ。

そう、自分を除いてーーー……。


「シン、奴の相手は俺がする。お前はレンを護衛してくれないか」


「駄目ッスよ、ニルヴァーさん。俺はアイツに借りがある」


決して返すことなど出来ない借りが、と。

彼はそう付け足して、刃を抜いた。

例えこの身と差し違えても、奴は殺す。

そう言わんばかりの、殺気がその刃に滴りて、白銀の元にその男を照らす。


「あの男は、ここで殺す……!」


「……あぁ、そうだな。そうしよう」



読んでいただきありがとうございました

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