伝えられた意向
「これが、お前達の依頼の答えだ」
獣車を停め、変装を解いたデッドが読み上げた情報。
それを前にしてスズカゼ達は等しく言葉を失っていた。
失わざるを得なかったのだ。ベルルーク国軍の計画に対して、どうしようもなく。
「……そんな依頼を出していたのか、ゼル」
最も始めに口を開いたのはニルヴァー。
彼自身、自分の国ではないから言えることだった。
そして、それが夢物語のように聞こえてしまう事と現実の出来事だと認識できる事が半々だから唇を開けたのだ。
そうでもなければ、全てを現実として受け止めざるを得ない彼等からすれば。
それは果てしない苦痛だろうから。
「偵察だった、情報を得るためのな。……デッド、韋駄天の最後の姿は」
「片腕吹っ飛んでたよ」
「……そうか」
ゼルの行動は決して間違っていない。
自国の兵でもない韋駄天は偵察としてこれ以上無い人材だ。
もし失ったとしても自分達に何ら痛手はない。そう、情報を得られれば儲けもの程度で考えれば良い。
ただ、本人がそう区切る事が出来る人間かどうかは、また話が変わるだろうが。
「韋駄天さん、ですか……」
余り接触した事がない故に、ハッキリと顔は出て来ない。
しかし嘗てのギルド騒動の時やシーシャ国の時は彼のお陰で救援を呼ぶ事が出来た。
決して親しかったという訳ではない。然れど、彼のお陰で救われた事があるのは間違いないのだ。
そんな、人物がーーー……。
「……っ」
「……ゼル・デビット。この話を聞いた以上、我々はサウズ王国に戻らなければならない。それこそ現時点から引き返してでもな」
「け、けど! その人の話通りなら尚更戦力を……!」
「無駄だ。億千の前では一など無に等しい」
シンはファナの言葉に何も言い返せない。言い返せるはずもない。
現状、デッドの言葉が正しいのなら誰一人として抗う事など出来ないからだ。
抗えるはずなど、ないからだ。
「……希望的観測は捨てよう」
自分に言い聞かせるように、と言えば適切だろう。
ゼルは自身の口を掌で押さえつけながら、籠もるような声で現状を整理していく。
彼のその行動の結果を待つ事が他の皆にとって唯一の出来ることであったのは間違いないだろう。
尤も、その答え次第によっては充分絶望に変わると言う事も理解した上で、だったのだが。
「俺とスズカゼ、ファナはサウズ王国に帰還する。ニルヴァーとシンはレンの従者を使ってスノウフ国に向かい、サウズ王国の現状を説明して救援を要請してくれ。何ならサウズ王国の名前を出しても構わん」
「良いのか?」
あぁ、と。頷きが無ければ解らないような肯定と共にゼルは再び思考に入る。
その表情に見えるのは焦燥、切迫、そして不安。
言わずもがな彼とてサウズ王国に居を構える人間。
この現状で何も感じるな、冷静に行動しろと言う方が無理だろう。
「……行動は速いほうが良いだろう」
皆が等しく気を落とす中、言葉を発したのはファナだった。
確かに彼女の言う通り行動が速いに超した事はない。
然れど、この状況で冷静に行動などーーー……。
「現実を見ろ」
敢えて、解りきった事を述べる。
現状を再確認させるかのように。
それは今の彼等にとって、どうしようもない苦痛だろう。
「ロドリス地方を使って、四天災者[灼炎]がサウズ王国に単独で攻め入っているのだからな」
ゼルは口端を食い縛り、自身の唇から紅色を滴らせる。
そして否定せんがばかりに雫を袖口で拭い取ると、踵を返してデッドの獣車へと乗り込んでいく。
彼に続くようにしてファナ、デッド、そして最後にスズカゼがニルヴァーやシン、レンに軽く頭を下げると獣車の中へと走り込んでいった。
「出発するぞ」
猛る獣の嘶きと共にデッドの操る獣車は向きを変え、走り出す。
もう数秒もしない内に視界から消え去るであろうそれを見送りつつ、ニルヴァーは踵を返してレンの獣車へ脚を掛けた。
「我々も急ごう。サウズ王国にも四天災者[魔創]は居るが、国民達は別だ」
「た、確かに彼等の戦いに巻き込まれたら一溜まりもないですネ」
「そうッスね。俺達が呼んだ救援で助かる人が変わるかも……」
刹那、シンの臓腑に衝撃が奔る。
自身の中身が掻き回されるかのような動転、或いは激痛。
彼が吹っ飛ばされる直前に見たのは、鋭い脚撃を自分の腹部に叩き込んだニルヴァーの姿だった。
「な、にを……!」
半身が消え、臓腑が剥き出しとなり、眼球が零れ落ちる。
片足を伸ばしたはずの彼は既に四肢を失い、肉塊と成り果てた。
その隣ではレンが自身の衣服を散血に染め、言葉を失っている。
失わざるを得ないのだ。その、紫透明を前にしては。
「……救援っつったか? 救援っつったよなぁ?」
幸運か不運かと問われたのなら、間違いなく不運だろう。
数刻前に出会っていたのならスズカゼ達が居た。それは彼等を引き留める事に他ならない。
故に不運。彼等が居たのであれば、或いは抗えただろうから。
「困るんだよ、そういう事されるとよぉ……」
そこに居たのは全身を生傷に煮やし、皮膚に隙間無く鬱血の痕を持つ一人の男。
全身の傷痕さえも美しく見えるほどに、醜く傷付けられた、ベルルークの兵士。
「……[封殺の狂鬼]」
その男は両の手に紫透明を携え、嗤う。
どうしようもなく醜く、どうしようもなく狂ったように。
楽しそうに、嗤う。
読んでいただきありがとうございました




