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獣人の姫  作者: MTL2
決戦・前
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軍兵としての覚悟

【トレア平原】


「これ、このままの進路で良いんだよな?」


ベルルーク国軍の紋章が入った獣車を操る、二人の兵士。

その片方が誰も居ないはずの荷車に問うと、その中から一人の男が姿を現した。

酷く汚れた衣服に、何年手入れをしていないのかも解らないような髪の毛。

目は見えていないのか、泥に塗れた瞼は強く閉じられている。

彼等はそれを良い事に、荷車の樽から這い出てきた男をせせら笑い、口端を吊り上げたまま問いを投げかけた。


「お前がこの辺りの地形に詳しいというから連れてきたんだ。しっかり働けば金はやるから、解ってるな?」


「えぇ、勿論でございますとも、旦那様方。こちらの道で間違い有りません」


「……解っているとは思うが、妙な気など起こすなよ」


「おいおい、心配し過ぎだ。コイツを乗り込ませるときに武器とか持ってねぇかしっかり確認したし、こいつの細っこい腕も見ただろ? 獣人ならまだしも、こんな浮浪者に何が出来るんだよ」


「……ふん」


「えぇ、全くでごぜぇやす。私なんかただの人間ですし」


自身を卑下する浮浪者の姿に、獣車を操る兵士は軽快な笑い声をあげる。

そして、それが刹那の呻き声と血飛沫に変わるのに、そう時間は掛からなかった。

もう一人の兵士が武器を構えようと懐に手を伸ばしたときには既に遅く。

迫るのは相方が華奢な腕だと笑ったはずの、獣の鋭爪。


「俺はただの人間だぜ」


浮浪者は衣を取っ払い、髪の毛を掻き上げる。

獣が如き牙を剥き出しにして、衣服や顔に付いた泥を拭う。

そして自身の眼前で頭を失った骸を蹴り飛ばし、獣車の操縦を奪い取り。

自身の眼光を、黒眼鏡で覆い隠す。


「獣だけど……、な」


周囲に紅色の尾を引く二つの屍が転がり落ちようと、彼は死線さえくれてやらない。

自身の命を知らない、その男は。


「……さて、と」


思い返すはつい数時間前の出来事。

片腕を失った男が、約束通りにと届けた一枚の紙。

それはベルルーク国軍の数や意向が血文字にて記された、魂の情報。


「あの男、マジで守りやがった」


彼が立てた計画は非常に単純だった。

元よりベルルーク国軍に発見されなければそれで良い。後は情報を持ち帰るだけだ。

だが、韋駄天自身もそれは不可能だと思っていたらしい。故に、この計画に乗った。

全ての情報をデッドに託すという、計画に。


「貧困街を抜けて逃げろ、か。俺も無茶を言ったモンだな……」


相手の注意を向けるために、誰かが囮にならなければならない。

韋駄天はそれを買って出た。本来は自分の役目だったというのに。

俺は疾いから捕まらねぇよ、と。彼のその言葉を聞いたのは二回だ。

腕がある時と、ない時。


「…………」


あの男には何が見えていたのだろう。

正直、自分を信じた理由が解らない。見た目も胡散臭ければ喋り方まで胡散臭かった自分を。

それでもあの男は信じた。信じてくれた。

全てを、託してくれた。


「……任せろ、大馬鹿野郎」


ならば応えよう。ならば信じよう。

この情報が、お前が残してくれた情報が何かを変えてくれる、と。

世界に渦巻く戦乱を取り除いてくれると、信じよう。



【シャガル王国】

《王城・王座謁見の間》


「Wis、以上が報告になります」


坦々と、慣れた様子で報告を終えた兵士。

それを聞いたバボックは自身の顎髭を摩りながら、暫しの思考に入る。

元は王座謁見の間だったここも、今では既にベルルーク国軍臨時作戦会議場と成り果てている。

王座には布が被され、部屋の中の中央には嘗て物置で使われていた机が用いられている始末。

最早、ここは、この城は完全にベルルーク国軍の手に堕ちているのだ。


「バレたね、これは」


「……は?」


「その男は囮だよ。まんまと填められたみたいだね」


「しかし、文書を持っていましたが」


「内容は疎らで本人が読まなければ大体しか解らないような物。違うかい?」


「……確かに、その通りです」


「ならば情報を渡す相手に清書した用の物があるはずだ。無論、後々作ると考えるのなら話は通るが……、発見され逃げ惑う中で隠れもせず馬鹿正直に奔った理由は何だと思う?」


「まさか、そういう事ですか」


「うん、故に彼は囮だ」


バボックは懐から煙草を漁ろうと指を突っ込むが、その先が何かに触れることはない。

左右に二、三度揺らしてみても結果は同じ。

そんな、残念そうに周囲を見渡す彼の背後より煙草を差し出したのは、他でもないヨーラだった。


「あぁ、ありがとう」


「申し訳ありません、大総統。私の失念ミスです」


「そんなお淑やか(・・・・)なのは君に似合わないね、ヨーラ。失敗を取り返すにはどうすれば良いか、君はよく知っているはずだ」


「……Wis」


ヨーラは踵を返し、王座謁見の間に手を掛ける。

人差し指から小指を這わすように扉を押し、緩やかに、音すら起こさぬほど緩やかに、開く。


「これよりスノウフ国へ上昇し、道中に居るであろう情報所持者を処分します」


「よろしい。あぁ、解っているとは思うけれど、相手は」


「……何の問題も、ありません」


例えその相手が誰であろうとも、と。

届くはずもない言葉に、バボックは彼女から受け取った煙草を口端に咥えた。

それは同意、或いは称賛。覚悟を決めた、自身の部下へのーーー……、称賛。


「私は、軍人ですから」



読んでいただきありがとうございました

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