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獣人の姫  作者: MTL2
決戦・前
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蝋燭の焔揺れる地下


「……ここから先に、俺は行けねぇ」


微かに灯りの漏れる扉の前、デッドは小さくそう零した。

彼から一歩前に進んだ韋駄天はそうか、と素っ気ない返事と共に扉へ手を掛ける。

そして脆木のそれを開こうとした韋駄天に、デッドはふと声を掛けた。


「持ち掛けたのは俺だが……、良いのか? それで、お前は」


「どういう意味だよ」


「この取引、明らかにお前が損をする。正直俺もお前が乗ってくるとは思って無かったしな。だが、お前は乗った。驚くほど平然とな」


脆木に添えられた指が離れ、踵の先はデッドの方を向く。

黒眼鏡を通した瞳が移すのは、口端を吊り上げた白い歯。

そしてにやりと歪んだ瞳。


「一つ、信用出来ること。二つ、成功率が上がること。三つ、面白そうなこと」


「……おいおいおい」


「まずお前の話を聞く限り、スズカゼ伯爵達とお前が知り合いなのは間違いない。それに俺だけじゃこの依頼は難しいだろう。それにお前の言葉には速さがあった。焦りや想いの籠もった速さがな」


「そんな理由でか?」


「こんな理由でな」


どちらが先に吹き出したのか、など些細な問題で。

彼等は敵地の中だと言うのに、そんな事は構わず大声で笑い転げた。

膝を叩き腹を抱え口端を吊り上げ声高らかに、だ。


「お前馬鹿だろ、絶対馬鹿だろ!」


「うるせー、お前に言われたかねーわ!!」


何刻の間、笑い合っていただろう。

そう長い時間ではないはずだ。けれど、決して短くもない。

彼等が瞳から溢れそうになる涙を拭い、共に最後の笑みを見せ、そして。

別れるまでは、決して長くも短くもない、時間だったはずだ。


「名を教えろ、命知らず」


「デッド・アウトだ。名は生きる為に捨てた。お前は?」


「韋駄天だ。名は走る為に捨てた」


二人は拳を合わせ、共に踵を返す。

一人は外に一人は死地に、彼等は共に別れてそれぞれの道を歩んで行く。

灯りの下へ、暗がりの中へ。

名も無き、その二人は。



《王城・地下牢獄》


「っと、こんなトコに出るのか」


扉を背にして出た韋駄天。彼の瞳に飛び込んで来たのは僅かな灯りが灯る地下牢獄だった。

幾つもの牢屋と数本しかない蝋燭。まるで描かれたかのような牢獄だ。

自分の居る場所はそんな地下牢獄の通路が果てであり、傍目には普通の壁にしか見えない。

成る程、中の通路からならば扉に見えていたが、こちらからでは普通の壁に細工してあるという事か。


「おい、誰か居るのか?」


「……!」


韋駄天は思わず牢獄の死角になる部分へ身を隠した。

誰だ? ベルルーク国軍の見張り兵士か?

だとすれば非常にマズい。一兵卒程度なら蹴り倒してやる所だが、もし手練れだと早速詰む。

デッドの野郎と交わした計画に必要な情報はまだ得てすらない。

このままでは、流石にーーー……。


「……誰だ?」


ナイフを鞘から抜く音がする。

こつこつと迫り来る革靴の軽快な音。

韋駄天は頬端に汗を流しつつ、じりじりと後退っていく。

しかし何処までも通路が続いている訳ではない。直ぐに彼の背は壁に密着する形となってしまった。

終ぞ汗が背筋にまで伝いだした。額に滲む汗は最早目元を流れるほど大粒になっている。

もう、ここまでか。


「ぐぅぇ」


韋駄天の耳元で、その潰れるような声は聞こえた。

素人が無理して走った所為で吐いたときの声に似ていると思いながら、韋駄天は恐る恐るそちらを覗いてみる。

数少ない蝋燭が照らす地下牢獄の中、自身の足下に転がった一つの影。

それが首を絞められた事によって死に絶えたベルルーク国軍兵士である事に気付くのに、そう時間は掛からなかった。


「ぅおっ……!?」


「静かにせい、阿呆」


驚愕の余り声を上げそうになったその口を覆うは巨大な掌。

余りに大きいために韋駄天は鼻まで防がれて窒息しそうになるが、彼が暴れ出すとそれはアッサリと退いた。

彼はいったい誰がと振り返ったが、瞳に映ったのは見た事もない大男だった。


「……誰?」


白き濃煙(ヘビースモーカー)の隊長を務めておる、スモークという者じゃ。覚えとらんか?」


「……あ、あ! あぁ!?」


「思い出したか」


「おまっ、俺が駆け出しの頃に常連だった貴族ぶっ殺したオッサンか!!」


「あの時は御主の自業自得だったじゃろうが。妙なモン運んどるからじゃ」


「駆け出しの頃でツテが欲しかった……、ってそうじゃねぇ。アンタこんなトコで何やってんだ。何だって南国の牢屋なんかで」


「それを説明するには時間が無さ過ぎるのでな。ザックリ言えば厄介払いじゃ。……して、貴様はどうしてこんな所に居る?」


「……アンタは確かここに雇われたんだっけか?」


「南国お抱えとして、のう。貴様は?」


「ま、アンタになら言って大丈夫だろ。俺はサウズ王国から密命を受けてベルルーク国軍の動きを調べに来た。つっても情報一つとしてねぇんだけどよ」


「ふむ、それならば手を貸せるぞ」


「え、マジで?」


「マジじゃ」


老父は首をくいと曲げて足下に転がる兵士を指す。

それが何を意味するのか、言うまでもない。潜入するのであれば、こういうのは基本中の基本だ。


「……マジで?」


「マジじゃ」



読んでいただきありがとうございました

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